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27.3.20修復腎移植訴訟 控訴理由書(1)


平成26年()第402号損害賠償請求控訴事件

控訴人  向 田 陽 二  外3名

被控訴人  大 島 伸 一  外4名

控訴理由書

2015年1月日

高松高等裁判所第2部  御中

控訴人ら訴訟代理人

弁護士  岡  林  義  幸

弁護士  薦  田  伸  夫

弁護士  光  成  卓  明

第1  原判決
原判決は,①透析の負担やリスクを述べた上,透析に比べ腎移植の生存率が圧倒的に優位にあることを認め,また,献腎移植に提供される腎臓の漸減傾向が続いており,献腎移植希望患者の平均待機期間が約16.7年にも及ぶことを認め,更に,修復腎移植によって腎癌の腎臓約2000個及び尿管癌の腎臓約200個が修復腎移植の移植腎となり得ると試算されていることを認めながら,修復腎移植に否定的な見解と肯定的な見解とを単に並列的に並べ,②修復腎移植については肯定的見解と否定的見解がある上,倫理的ないし手続的に問題のある実施例も見受けられたのであり,未だ諸条件が整っているとは言い難いとして,原告らに,修復腎移植を選択肢の一つと認めたうえで,これを選択し,受ける権利があると認めることは出来ないとし,③慢性腎不全患者の置かれた状況に鑑みれば,修復腎移植に対する原告らの期待は法律上保護された利益(民法709条)であるといえるとしながら,被告らの本件各言動は社会通念上許容される範囲を逸脱した表現であるとはいえず違法であるとは認められないとし,④被告らの本件各言動によって本件ガイドライン改正を行わせたと認めることは出来ないと各判示した。
以下,原判決の認識の誤りを指摘した上,上記①~④について逐次反論する。

第2  原判決の認識の誤り

本件は,慢性腎不全患者であり,透析を受けている者,あるいは既に(修復)腎移植を受けたが移植腎の機能が廃絶する恐れのある者が,被告らの言動によって修復腎移植の道を断たれたために,その被告らの言動によって修復腎移植を受ける権利が侵害されたとして損害賠償を求めた事案である。

これに対し,原判決は,「本件各言動のような意見の表明が,反対意見を有する者に対する違法な行為となるのは,その意見の内容や表現行為の態様に照らし,ことさら反対意見を封殺すべく攻撃的言動に及ぶなど,社会通念上許容される範囲を逸脱した表現である場合に限られるというべきである。」(17~18頁)と判示し,また,判決末尾に異例の「慢性腎不全に対する治療方法の発展を願う患者ら及び医療従事者の真摯な思いに鑑みれば,国内での研究,議論の進展ならびに患者及び医療従事者の対話と相互理解によって,慢性腎不全に対する優れた治療方法の実施に向けた様々な取り組みがなされることが望まれる。」という記述をしている。

本訴提起直前に,原告予定者であった訴外下西由美と訴外有末佳弘の2名が相次いで死亡した。本訴提起後にも,原告長谷川博,原告花岡淳吾,原告二宮美智代の3名が死亡した。その上,本件控訴後に,原審で原告本人尋問を行った原告藤村和義が死亡した。その死亡者の合計は6名であり,透析を受けていた原告(予定者)全員が死亡し,残った原告3名は全員(修復)腎移植を受けた者だけとなった。

この冷酷な現実からも,修復腎移植が,慢性腎不全患者にとって正に命の選択であることが明らかである。その命の選択を妨げた被告らの言動の違法性を問う裁判であるにもかかわらず,原判決は,上述したように,単なる意見対立の場面と誤認した上,命の選択にとって余りにも悠長な記述をしているのであって,このような原判決の認識の誤りは余りにも深刻であるといわざるを得ない。

第3  修復腎移植についての見解(上記①)

透析に対する腎移植の優位性,献腎移植に提供される腎臓の漸減傾向が続いており献腎移植希望患者の平均待機期間が約16.7年にも及ぶこと,修復腎移植によって腎癌の腎臓約2000個及び尿管癌の腎臓約200個が修復腎移植の移植腎となり得ると試算されていることは原判決が正当に証拠によって認定する通りである。

ところが,原判決は,修復腎移植についての見解に至るや,突如として証拠による認定を放棄し,修復腎移植に否定的な見解と肯定的な見解とを単に並列的に並べるに留まった。証拠による事実認定の放棄に問題があるばかりか,次項以下の修復腎移植を受ける権利や修復腎移植に対する原告らの期待の保護の判断にも直結する極めて重大な問題である。

修復腎移植を否定する被告らの見解の誤りは以下に述べるとおりであるが,被告らは,自らの見解に都合の良い古い学説等をつまみ食いするだけで,それ以外の学説等は全く検討しておらず,自らの見解の検証すらしていない(大島本人調書34項,35項,58~61項)

(1) 悪性腫瘍の伝播

(ア) 被告らの見解

a 被告らは,悪性腫瘍が移植によってドナーからレシピエントに伝播する危険があるので,悪性腫瘍患者をドナーとする移植は絶対に禁忌であって許されない旨主張する(答弁書7~8P,第2の2(2)②ⅰ)及びⅱ))。

b 最も端的な主張は,超党派議員勉強会での被告寺岡の以下の説明である。
 「癌は移植しても発症しないとよく言われていますが,全くの間違いでありまして,これは様々な国際統計で明らかにされています。若干,「古い統計」ではありますが,43%の癌が,ドナー以外の癌が,発症しております。「最近のUNOSの統計」でも4.3%が発症しています。これは癌が完治して5年以降に提供した場合にでも4.3%がうつる可能性がありますと示しています。」

(イ) 反論

a ペンの学説に依拠する主張について
被告寺岡の前記発言にいう「古い統計」とは,米シンシナティ大学のペン教授の1997年の論文を指すところ(「移植により担癌ドナーから癌が持ち込まれる可能性が高い」と唱え,世界の古い移植法の制定に大きな影響を与えた。以下,「ペン学説」という。),ペン学説により,その後しばらくの間,移植臓器に発生する癌は,「すべてドナー由来」,つまり移植による持ち込みだと考えられてきた。しかしながら,レシピエントに癌が発生したからといって,その癌がドナーから持ち込まれたのか,レシピエント固有の癌だったのか分からない。両方の可能性があることは明らかである。ドナーの癌がレシピエントに移ったことの証明には,レシピエントの癌細胞がドナーと同じ遺伝子を持つことが必要である(このことは吉田証人も認めている(吉田証人調書185項))。
現在では以下のとおり,その後の研究によって,臓器移植患者に発生する癌は,ほとんどがレシピエント固有の癌であったことが判明している。ペン学説は,遺伝子解析が行われていなかった古い時代の誤った説であり,被告らの主張には医学的根拠がない。

b イタリアのペドッティ博士らは,2004年,腎移植後に発生したレシピエントの癌について,6ヶ月以内に発生した10例と6ヶ月以後に発生した10例について腫瘍のDNAを,ドナーとレシピエントのDNAと比較したところ,DNA抽出に成功した17例中16例(94%)でレシピエント由来と判明し,残り1例では用いたSTR法という検査法では決定できなかったと報告した。

c 米シンシナティ大学のペン教授の後任教授であるブエル教授は,2005年,ペン教授の「移植腫瘍登録」症例の中に,小径腎癌を切除後に移植した14例があることを見つけ,長期追跡したところ1例も再発がなかったと報告した(甲C3)。

d 米ピッツバーグ大学とイタリア国立移植センターで大規模疫学的研究がなされたところ,当該研究に関する2007年1月のタイオーリらの発表では,癌のリスクのある108例の臓器移植について癌の転移はなかったと報告された(甲A46C4C13)。

e ニコル教授は,2007年7月現在,43例の修復腎移植を行っているが,成績は良く,レシピエントへの癌の転移は1例もない(甲A42)。

f スペイン・バルセロナ大学のボイス博士らは,2009年,移植後14年目の腎臓に発生した腎癌のDNAを解析し,それがレシピエント由来であることを証明した(甲C66P121315行))。

g カウフマン論文に依拠する主張について
被告寺岡の前記発言にいう「最近のUNOSの統計」とは,UNOS(全米臓器共有ネットワーク)のカウフマン論文(移植腫瘍登録:ドナー関連悪性腫瘍【トランスプランテーション誌2002742号】)を指すところ,当該論文では,34,933件の脳死臓器移植のうち,ドナーによる癌の持ち込みがあったのは15件(0.043%),ドナーの血液細胞が癌化した例が6件(0.017%)あったと指摘し,「米国では,ドナー臓器による癌の持ち込みは極めて少ない。移植待ち期間の患者死亡率の高さに比べると,担癌ドナーの受け入れに伴う危険率は低いので,ドナー基準の拡大を図るべきだ」と主張している。被告寺岡は,「癌のリスク」を強調するためか,「0.043%」を「4.3%」と100倍に水増ししている(甲C66P12の下から9行目~P13の2行目))。

h 「悪性腫瘍の伝播」と「部分切除」との矛盾
「悪性腫瘍が移植によって伝播する」という主張は,小径腎癌の治療法として部分切除を称揚し,腎臓の全部摘出を批判する被告らの主張と矛盾している。
何故なら,部分切除においては,小径腎癌の部分のみを摘出しその余の部分を患者に残すのだから,切除しなかった部分から癌が再発するリスクは常に存する。しかも,部分切除術の場合には修復腎移植と異なって,腎臓を全部摘出したうえで癌の残存について精査することもできないから,癌の再発のリスクは修復腎移植における癌の伝播のリスクよりもさらに高いことは明らかである。
にもかかわらず被告らは,小径腎癌の治療法としては部分切除をより適切なものとしつつ,小径の癌病変部分を除いた摘出腎臓を移植することを激しく非難している。このような姿勢ははなはだしく自己矛盾しており,科学の名に値しない非合理なものである。被告らのこの点を理由とする修復腎移植批判がご都合主義にもとづく「為にする」ものであることは明白である。

(2) 腎臓全摘出(全摘)

(ア) 標準治療

a 被告らの主張
被告らは,「小径腎癌の標準治療は部分切除であり,全摘は許されない」と主張し,腎移植関連5学会も,直径4㎝未満の癌がある腎臓を用いる「修復腎移植の臨床研究」をもとになされた先進医療認可審査において,連名で厚生労働大臣宛に「要望書」を提出し,「小径腎癌の標準的治療は部分切除であり,腎摘出は許されない。」と主張している(甲B34。答弁書7P第2の2(2)①ⅳ)もおそらく同旨)。

b 反論
被告らの主張は,癌が発生した部位により部分切除が不可能なケース,設備等の理由で部分切除ができないケース,患者が部分切除よりも全摘を希望するケースがあることを無視ないし軽視しているばかりか,現実の全摘の実施件数や割合を考慮していない点で暴論としかいいようがない。
・藤田保健衛生大学の堤教授が2007年3月に国内の14病院での腎臓の全摘割合を調査したところ,病院間でのばらつきが大きく,かつ,小径腎癌で93%が全摘であった(甲C1)。
2008年2月27日に「腎移植を考える超党派議員の会」の第2回会合が開かれ,厚生労働省から西山健康局長,原口臓器移植対策室長,木倉大臣官房審議官などが出席した。この日,厚生労働省から議員団に対して,議員団がかねてから要求していた「腎摘出の現状」と題する報告書(甲B30)が提出された。それによると,直径4㎝未満の小径腎癌の全摘率は82.5%で,上記①の堤発表の数値とほぼ一致していた。
・堤教授,アメリカ・フロリダ大学の藤田士朗教授,および瀬戸内グループの医師らは,2008年,2大学病院を含む国内の10病院の病理医に対して,2004年から2006年の間における小径腎癌の手術調査を行ったところ,全腎癌数のうち46%が小径腎癌で,小径腎癌の全摘割合は83%であった(甲C2)。
・アメリカのホレンベックBK外による2006年2月の論文によると,アメリカの66000例の腎癌手術のうち,部分切除は7.5%(全摘は92.5%)であった(甲C9)。
201011月の日本泌尿器科学会雑誌(甲C41)においても,2007年~09年の間に教育施設において行われた部分切除術は全体の19.7%しかない(原告ら準備書面(13)の第1)。
2011年3月の日本泌尿器科学会雑誌(甲C42)では,全摘と部分切除についての議論,報告がなされているところ,症例によって全摘と部分切除とが選択されるべきであるとされ,また,大病院においてさえ部分切除の方が圧倒的に少ない(原告ら準備書面(13)の第2)。
・学会提出の「要望書」に記載されている「小径腎癌の標準的治療は部分切除であり,腎摘出は許されない。」旨の主張を確認するため,厚労省は学会に日本のデータの提出を求めたが,学会が応じなかったため,厚労省は独自に全国の癌拠点病院に対してアンケート調査を行った。その結果は,2001年は全摘71%,部分切除29%,2005年は全摘70.6%,部分切除29.4%,2009年は全摘58.4%,部分切除41.6%,2011年は全摘46.7%,部分切除53.3%であった。すなわち,修復腎移植が被告らによって批判された2005年(平成17年)頃では,7対3の割合で圧倒的に全摘が多く,要望書が提出された2011年当時においても,ほぼ半々の割合で,医療現場の現実は,とても,「小径腎癌の標準的治療は部分切除であり,腎摘出は許されない。」という状況ではない。
・被告らが所属していた大学病院への調査嘱託の結果においても,小径腎癌でさえ,部分切除より全摘の割合が高かった(原告ら準備書面(15))。
・世界的権威のある医学書であるキャンベル・ウォルシュ・ウロロジーでも,直径4㎝以下の小径腎癌でも全摘は標準治療とされている(甲C11 )。(このことは吉田証人も認めている(吉田証人調書179180項))

(イ) 全摘と部分切除とで,ドナーの予後に差はあるか

a 被告らの主張
被告らは,全摘と部分切除とではドナーの予後に差がある旨(答弁書16(5)②「全摘を行うことにより生命予後が悪化することが統計上明らかになっている」),及び,瀬戸内グループの行った修復腎移植の内の尿管癌のドナーの生命予後(5年生存率)が悪い旨(同旨,乙51,吉田証人調書1921項),主張する。

b 反論
・「統計上」とは何を意味しているのか明確でないが,乙第29号証(ヒューストン・トンプソンらの論文)を意味するのであれば,それに対する反論は,原告らの準備書面(4)の第4記載のとおりであって,上記論文が被告らの主張の根拠たり得ないことは明白である。
・米クリーブランド・クリニック(米国トップレベルの病院)泌尿器科の1995年1月の調査研究では,単発性,小径(4㎝以下),限局性,片側性,かつ特発性の腎細胞癌を持つ患者を対象とした88名の患者(全摘:42名,部分切除:46名)について予後の調査(48±29カ月)を行ったところ,年齢,性別,腎臓機能,糖尿病,高血圧,腫瘍の大きさ,腫瘍の位置,腫瘍の進行度において差異は認められず,全摘,部分切除,のいずれも,小径腎癌の患者の治療には安全で効果があるとされている(甲C15)。
・米メイヨー・クリニック(同じく米国トップレベルの病院)泌尿器科の1996年6月の調査研究では,低進行度(ステージⅡ以下)の腎細胞癌の患者につき,185名の部分切除を受けた患者と,それらと年齢,性別,癌の進行度,悪性度が適合し,かつ全部摘出を受けた209名の患者について比較検討したところ,総生存率,非再発生存率,癌特異生存率のいずれも有意な差は認められなかった(甲C14)。
・米ミネソタ大学のハッサン・イブラヒム外の2009年1月29日付論文では,腎臓の全摘出は,糸球体濾過量(GFR)の低下を促すものではなく,生命予後の悪化も認められないとされている(甲C51。原告ら準備書面(17)参照)。
・キャンベル・ウォルシュの「ウロロジー」においても,全摘と部分切除の効果は同様で,術後の生存率にも差異がないとされている(甲C54)。
・日本では,これまで全摘のドナーの予後についての調査は行われていなかった(吉田証人調書159172項,被告大島調書186187項)。すなわち,被告ら自身,これまでドナーの予後のデータを全く把握していなかった。
・また,吉田証人および被告大島は自身,ドナーに対して,片方の腎臓を摘出すると生命予後が悪くなるという説明(インフォーム)をしていない(吉田証人調書175177項,被告大島調書114項)。

(ウ) 自家腎移植
被告らはまた,「移植して使える腎臓なら元の患者に戻すべきである」旨主張する(なお,こうした術式を「自家腎移植」と呼ぶ)。
しかしながら,実際の医療現場では,自家腎移植はほとんど行われていないことは,被告らが所属していた日本におけるトップレベルの大学病院への調査嘱託の回答からも明らかである(原告ら準備書面(9)で詳述した)。

(3) 切除の際のドナー体内の癌転移

(ア) 腎血管(動・静脈)の結紮・切離の順序について

a 被告らの主張
・被告らは,答弁書P5(第2の22)①ⅱ))において,以下のとおり主張する。
・移植を前提とした術式と癌治療を前提とした術式は,その手術内容・順序が全く異なる。
・癌治療を目的とした腎臓摘出の方法であれば,手術操作による癌細胞の血管性転移を防ぐため,摘出に際し早い段階で腎血管(動・静脈)を結紮・切離す。これにより,出血量を最小限に止めることが可能であるだけではなく,特に,腎癌・尿管癌の場合には,癌細胞が血行性に転移することを防止するために,先ず,血流を遮断して臓器(腎臓)を摘出する。
・移植目的の手術(移植用腎採取術)においては,臓器の虚血を防いで臓器機能を維持し,移植を成功させる確率を上げる観点から臓器摘出の最終段階に至るまで血流を維持する必要がある。
今回問題とされた病腎移植においては,腎癌・尿管癌の治療であるにもかかわらず,最終段階で腎血管(動・静脈)が結紮・切離されるという移植目的の手術の手順をとっており,血行性に癌細胞の播種の危険を増大させ,癌などの悪性腫瘍の手術の術式として容認できない内容のものとなっている。

b 反論
・下部尿管癌に関しては,尿管への血流を支配している血管は腎血管(腎動・静脈)だけではない。特に,尿管の中部から下部は,主に腹部大動脈や腸骨動脈など,腎臓以外の血管から血液供給を受けているため,腎臓への血流のみを止めることは重要な意味を持たない(甲C16)。
・よって,腎血管(動・静脈)の結紮・切離をいつの段階でするのかは問題とならない。
・そもそも,被告ら主張の根拠となるような資料,文献すらない。
・小径腎癌に関しては,最近は,小径腎癌の治療方法として,腎臓の全部摘出よりも部分切除の方が推奨されるようになってきたが,小径腎癌の部分切除の場合,癌病巣切除時の出血を止めるために,止血鉗子による腎血管(動・静脈)の一時的止血(結紮・阻血)が必要となり,これにより腎臓に「温阻血時間」(※)が生じる。よって,小径腎癌の部分切除では,腎臓の「温阻血時間」をできるだけ短くするため,止血鉗子による腎血管(動・静脈)の一時的止血(結紮・阻血)を癌部分の切除をする直前に行う(腎血管【動・静脈】の血流を可能な限り維持する)。
・このことは,腎血管(動・静脈)の結紮の順序は問題とならないということを示すし,小径腎癌の治療方法として部分切除が相当であると主張しながら,早い段階で腎血管(動・静脈)を結紮・切離しなければならないと主張するのは,矛盾主張である。
・小径腎癌の全摘と部分切除では,血管の処理の時期が異なっても遠くへ腎細胞癌が転移する確率は同じであり,血管処理の時期の相違で転移する確率が異なると述べる文献はない。
※ 臓器の血流が止まってから臓器を移植して血流が再開するまでの時間を阻血時間というが,とくに体温の状態で阻血がおこると,細胞の代謝が行われているにもかかわらず,酸素や栄養が補給されないため細胞が死滅するので,この時間を〈温阻血時間〉と呼び,心臓や肝臓では0分,腎臓や肺では30分とし,早く臓器を冷やして細胞の代謝を抑えるようにしなければならない。心臓が動いている脳死の状態で摘出すれば,障害のないまま取り出すことができ,温阻血時間も短くできる。

(イ) 尿管癌の尿管の切断

a 被告らの主張
被告らは,被告ら準備書面(11)P6~7(第6の1項)において,以下の通り主張する。
「尿管癌は,多中心性(1つの臓器に複数の癌病巣が発生する現象のこと)に発育することが多く,肉眼的に一見正常に見えても,顕微鏡で見ると,尿管癌の微小癌巣が存在することがあり,そのため尿管癌の手術においては,(尿管を切断せずに)腎・尿管・膀胱壁の一部を一塊として摘出することが原則とされているのに,瀬戸内グループが行った尿管癌の術式は,尿管を途中で切断するという手術手順を取っており,尿管癌が腎提供者となったドナーの体内に散布された可能性は否定できない。」
また,被告らは,ヨーロッパ泌尿器科学ガイドライン(乙44)においても「尿管を切断することは腫瘍を播種させる可能性があるため,行ってはならない」と記載されている,とも主張している。

b 反論
・尿管癌の手術は,摘出された腎臓を移植に用いるかどうかに関係なく,腎臓,および尿管の全部摘出である。このことについては,原告ら,被告ら間に争いはない。
・なお,摘出された腎臓及び尿管は,その後,廃棄されるのが通常であるのに対し,尿管癌の場合の修復腎移植(なお,修復腎移植に適応する尿管癌は,尿管の下部【膀胱に近い部分】に癌が発生した「下部尿管癌」のみで,尿管の上部【腎孟を含む腎臓に近い部分】や尿管の中部に癌が発生した上部尿管癌,中部尿管癌では修復腎移植は行わない。)では,癌が存する部分の尿管を切除して摘出された腎臓をレシピエントに移植する(当然,尿管は短くなる。)。
・腎臓及び尿管を全部摘出する方法として,尿管を途中で切断することなく,腎臓,尿管および膀胱壁の一部を一体として摘出する方法と,肉眼的に正常と思われる部分の尿管を途中で切断した後に,腎臓,尿管,および膀胱壁を摘出する方法とがあることに関し,被告らは,「尿管を途中で切断した後に,腎臓,尿管および膀胱壁を摘出する方法は,許されない。」,「腎臓,尿管および膀胱壁の一部を一体として摘出されなければならない。」と主張しているのである。
・しかし,「尿管を途中で切断する」というのは,癌がある尿管部分を切断するのではない。「肉眼的に正常な部分の尿管を切断する。」ということである(なので,癌の播種はそもそも問題とならない)。
・尿管を途中で切断することなく,腎臓,尿管および膀胱壁の一部を一体として摘出する方法だけではなく,肉眼的に正常な部分の尿管を途中で切除した後に,腎臓,尿管,および膀胱壁を摘出する方法も,標準治療として認められている。
・世界的権威が認められている医学書であるキャンベル・ウオルシュ「ウロロジー」(甲C17C53)でも,「(尿管の)管腔からの腫瘍の漏出を防止するために尿管と腎臓の連続性を保持することも考えられる。しかし罹患した腎臓は処置が困難であり(腎臓に脂肪が付き過ぎたりして手術操作に支障をきたす場合等のこと),遠位尿管(「下部尿管」のこと)で肉眼による異常が認められない部位において結紮またはクリップ間で切断される限りにおいてはこの処置(尿管を切断することなく尿管と腎臓の連続性を保持すること)は不要である。」と記載されている。すなわち,尿管を途中で切断することなく,腎臓,尿管および膀胱壁の一部を一体として摘出する方法だけではなく,肉眼的に正常な部分の尿管を途中で切除した後に,腎臓,尿管,および膀胱壁を摘出する方法も,標準治療として認められているのである。
・乙44には,一見被告らの主張に沿うかのごとき記載がある。しかしながら,この記載に続く部分「4.2保存的治療」の部分では,「過去何十年に渡り,限られた適応での保存的治療は,根治術の生存率に引けを取らないことが示されている。」,「多くの泌尿器科医が尿管癌がUS(下部尿管癌)に存在する場合,例え浸潤癌であっても,腎温存手術を施行している。」と記載されている。この部分は尿管癌の場合の腎臓の保存的治療について記述したものであり,「保存的治療は否定されない」旨を述べているものである。
・ところで,尿管癌の場合の腎臓の保存的治療を行うに当たっては,尿管にできた癌を切除する必要があるので,必ず,尿管を途中で切断することになる。したがって,乙44は,尿管部分を途中で切って摘出するという手術法を価値あるものとして認めているものであるから,被告らが乙44を根拠として上記術式が「絶対やってはいけない手術法」である主張するのは完全な誤り,もしくは悪質な誤導である。
・また,乙44は,2004年(平成16年)のヨーロッパ泌尿器科学会ガイドラインであるが,その2012年(平成24年)版(甲C71‐1,2)(「3.7.11 根治的腎尿管摘除術」項)は,「上部尿管にある腫瘍の位置に関係なく,膀胱カフを切除する根治的腎尿管摘除術がUUTUCCのゴールドスタンダード治療である(LE:3)(8)。RNU手技は,腫瘍切除中に尿管への進入を回避することによって腫瘍の播種を予防するという播種学的原則に従っていなければならない(8.69)」と述べている。このことからも,乙44を「尿管の切断は腫瘍を播種させる可能性があるため,行ってはならない」としているとする被告の主張は誤りである。
「腎臓の保存的治療」とは,尿管癌が発生した方の腎臓を全部摘出するのではなく,腎臓を残す治療のことを言う。主に,尿管癌が発生した方の腎臓とは別のもう一つの腎臓が機能していないなど,どうしても尿管癌が発生した方の腎臓を残さなければならない場合に行われる。
吉田証人は,以下のとおり証言した。
血管処理の時期の相違(最初にくくるのか,最後にくくるのか)で,癌が転移する確率は異なると記載されている文献は知らない(吉田証人調書183項)。
・最近は腎癌の部分切除の割合が高まっているが,部分切除の手術方法は大きく分けて2つある。腎動静脈に非常に大きな血管に近いところを部分切除するときは,そこを取るという瞬間に駆血して,取った後に解放する。部分切除の非常に小さい4センチ以下,あるいは2センチぐらいの腎癌に関しては,駆血しない(血流を止めずに,そのまま癌部分を切除する。)(吉田証人調書192193項)
・従って,血管処理の時期の相違により癌転移の危険が高まるという被告らの主張には文献上の根拠がないことが明らかであるし,小規模な小径腎癌の部分切除が「血流による癌細胞の転移」の危険は無視できるものとして行われている以上,被告らの主張が為にするものでしかないことは明白である。

また,原判決は,倫理的ないし手続的に問題のある実施例も見受けられたのであり,未だ諸条件が整っているとは言い難いとしたが,「倫理的ないし手続的に問題のある実施例」は何も修復腎移植に限ったものではなく,生体腎移植等の場合にも認められるものである上,より本質的な問題として,このような手続論によって修復腎移植自体の評価が左右されるようなことは論理的にあり得ない。

第4  修復腎移植を受ける権利(上記②)

レシピエントの自己決定権
修復腎移植を受けることに,一定のリスクがあることに疑いはない。しかし同種のリスクは一般の腎移植(とりわけ死体腎移植)にも存するし,そもそも「移植を受けずに透析を継続する」ことにしてもリスクを伴う選択である。最も重要なことは,患者(レシピエント)が修復腎移植という医療技術について正確な情報を受け,正確な助言を受け,その情報と助言に基づいて自分自身の判断として修復腎移植を「選択できる」ということなのである。「人工透析を続けて緩慢な死に甘んじるよりは,一定の危険を冒しても修復腎移植を受ける」という選択は,本来,患者自身の人権である。この選択は,上述したように,正に命の選択であって,治療を受ける権利として,当然尊重され,保護されなければならない。

ドナーの自己決定権(全摘か部切か)
腎臓等の疾患を有するドナーの側にも,腎臓全部摘出か部分切除かを選択する権利がある。特に小径腎癌の場合には患者は,部分切除では残存部分の小さな癌細胞から癌が再発するリスクを負うのであるから,全部摘出を選択するのは患者本人の侵すべからざる権利である。従って,「全摘して臓器を腎不全患者の役に立てる」という選択をすることも,患者(ドナー)自身の意思決定・権利行使として尊重されなければならない。

修復腎移植の医療技術としての総括的評価と治療を受ける権利の保護
上述したところから明らかなように,修復腎移植は慢性腎不全患者に対する治療方法として優れており,相当の実績と生存率・生着率によって国際的に高く評価されており,日本の腎移植の現状からすると移植可能な腎臓を急増させる優れた方法であることは明らかである。このような医療技術をレシピエントやドナーが選択することは,患者の自己決定権として尊重され,保護されなければならない。とりわけ,慢性腎不全患者の修復腎移植を受ける権利は,治療を受ける権利として保護されなければならない。

にもかかわらず,原告らが納得できるような理由も示さないで,これを否定した原判決の誤りは明白である。


by shufukujin-report | 2015-03-06 14:00 | 27.3.20控訴審 控訴理由書(1)
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