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<お知らせ>
「修復腎移植は許される医療」 明治大講師の小林先生(医事刑法・医事法) 「本物の医師になれる人、なれない人」出版 昨年、NPO法人移植への理解を求める会の第2回総会で記念講演をしていただいた、明治大学法科大学院講師の小林公夫先生(医事刑法・医事法ほか)が、本物の医師に必要な「能力と資質」とは何か-をテーマにした「本物の医師になれる人、なれない人」を、このほどPHP研究所から出版されました。 同書は、過去のさまざまな医療事件や事故を例に挙げ、医師が医療や患者に向き合う姿勢は、どうあるべきかを探っています。内容は、序章 医師という職業、第1章 患者の望みに正しく答える、第2章 正当な注意力、判断力、第3章 正当な開拓精神、第4章 さらに求められる七つの能力、資質、第5章 医師に訊く「本物の医師の条件」-で構成。医師のあり方について、「患者さんの幸福を追求しているかどうか」が決め手とするなど、示唆に富んだ内容となっています。 このうち、第3章「正当な開拓精神」では、「病腎移植(修復腎移植)はなぜ許されるのか」の項目を立て、宇和島徳州会病院の万波誠先生らが手がけてこられた修復腎移植を「患者たちが待ちわびていた一筋の光明」であり、「治療行為の正当化に関する理論から、許される医療」として紹介しています。 その理由として、1)修復腎移植には医療の要請として、それが必要とされる切実な事情がある。2)移植が間に合わず病床で死を待つ患者を救うために、新たな移植用腎臓を確保することが喫緊の課題である 3)修復腎移植の手術は従来の外科手術の応用であり、手続きについても、病院内の倫理委員会で厳格な判断が下されているので、正当化の枠組みを逸脱していない-などを挙げています。ぜひご一読をお勧めします。 (PHP新書、定価720円) ![]() 発売日 2011年6月15日 著者 小林公夫著 《明治大学法科大学院教育補助講師》 解説 「頭痛の原因は歯の詰め物なんです。詰め物をした歯を全部抜いて下さい」。無根拠にそう言い張る患者に根負けしてしぶしぶ歯を抜いた医師は、のちに裁判で傷害罪に問われた。 医師は患者の要求にどこまで応えるべきなのか。 本書は医師に要求される判断力、法的思考力、さらに研鑽義務や開拓精神、コミュニケーション力などについて具体例を交えて解説。大学入試で問われる空間把握能力の分析や、現場の医師へのインタビューも行う。「医師の使命は積極的な健康の建設」という原則から、本物の医師の条件を説く。医師をめざす方、わが子を医師にしたい方、そして現役の医師の方にとって必読の一冊。医学部受験指導のベテランであり、また医事刑法、医事法を専門とする法学者でもある著者が、真摯に語る。 PHP新書から
修復腎移植訴訟 第8回口頭弁論
3月8日(火)松山地裁 平成20年第979号損害賠償請求事件 原 告 野 村 正 良 外6名 被 告 大 島 伸 一 外4名 準備書面(10) 2010年1月19日 松山地方裁判所民事第2部 御中 原告ら訴訟代理人 弁護士 林 秀 信 弁護士 岡 林 義 幸 弁護士 薦 田 伸 夫 弁護士 東 隆 司 弁護士 光 成 卓 明 弁護士 山 口 直 樹 本準備書面では、瀬戸内グループの行った修復腎移植42例の生存率、生着率(宇和島徳洲会病院の調査委員会報告書【甲C28】の作成に合わせて、2006年12月1日時点【各レシピエントの最終生存確認日】のもの。なお、以後の予後については、文書送付嘱託によって御庁に提出されたカルテをもとに、別途分析して主張する予定である。)について、以下の経緯でメディカル統計株式会社に依頼した結果について主張する。 1 訴状での主張 原告らは、訴状の別紙4として瀬戸内グループの行った修復腎移植42例の結果を各疾患ごとに主張し、その結果をカプランマイヤー法で統計処理した結果は訴状の別紙5のとおりで、生存率(訴状別紙5の図1)・生着率(訴状別紙5の図2)ともに5年目以降に死体腎移植の成績よりも悪くなる傾向が認められるが、42症例のドナーは、そのうち28例(66.6%)が70歳以上の高齢者であり、生体腎、死体腎移植がなされる平均年齢よりも高いという特徴があることから、70歳以上のドナー腎が使用された成績(生着率)を比較したものが訴状別紙5の図3で、成績は、同年齢の死体腎よりは良く、生体腎よりは悪いというものであった旨主張した。 2 被告らの主張 被告らは、訴状の別紙4の各疾患ごとの成績に関し、答弁書の9頁において、「(訴状)別紙4の各疾患ごとの成績は故意か過失か次のとおり明かな事実誤認が存在する。」旨主張した。 3 上記2に対する反論等 被告らの主張は、どのような事実・根拠から、何がどう「明かな事実誤認が存在する」のか不明であるが、以下のとおり、明かな事実誤認は存しない。 (1) (訴状別紙4のⅰ表2)提示番号7 症例番号14について ア 被告らの主張 レシピエント60カ月生着・生存となっているが、実際には6日目に機能廃絶している。 イ 原告らの主張 当該レシピエントは、カルテの記載によると、6日目に機能廃絶し、10日目(1999年5月17日)に透析になったが、透析同日に再移植(修復腎移植)し(訴状別紙4のⅲ表4の提示番号2、症例番号15)、60カ月生存・生着している(以後、追跡不能)。 (2) (訴状別紙4のⅰ表2)提示番号3 症例番号11について ア 被告らの主張 レシピエント57カ月死亡とのみ書かれているが、2カ月弱で機能廃絶している。 イ 原告らの主張 上記アのとおりであり、(訴状別紙4のⅰ表2)提示番号3 症例番号11のレシピエントの「予後(月数)」欄にも「死亡(57)」と記載している。何ら事実誤認は存しない。 (3) (訴状別紙4のⅰ表2)提示番号12 症例番号6について ア 被告らの主張 レシピエント生存144カ月と記載されているが、生着期間は書かれておらず、実際は1カ月で機能廃絶している。 イ 原告らの主張 上記アのとおりであり、(訴状別紙4のⅰ表2)提示番号12 症例番号6のレシピエントの「予後(月数)欄にも「生存(144)」と記載している。何ら事実誤認は存しない。 (4) (訴状別紙4のⅲ表4)提示番号9 症例番号2、提示番号10 症例番号3について ア 被告らの主張 ドナーの予後不明とされているが、各々1997年、1995年に死亡している。 イ 原告らの主張 そもそも、問題としているのはレシピエントの生存率・生着率であって、ドナーの予後は問題としていない。しかも、当該ドナーらの予後は追跡ができなかったところ、被告らの主張する当該ドナーらの死亡の事実は、宇和島市長の権限で追跡調査した結果判明したものだと聞いている。 (5) (訴状別紙4のⅲ表4)提示番号1 症例番号7について ア 被告らの主張 レシピエントの予後につき、生存135カ月としており、生着期間は明示していないが、実際には移植後20日で機能廃絶となっている。 イ 原告らの主張 上記アのとおりであり、(訴状別紙4のⅲ表4)提示番号1 症例番号7のレシピエントの「予後(月数)欄にも「生存(135)」と記載している。何ら事実誤認は存しない。 (6) (訴状別紙4のⅲ表4)提示番号11 症例番号4について ア 被告らの主張 レシピエントの死因について原発性肺がんと記されているが、実際は尿管癌患者の腎臓移植の危険の項で述べたとおり、尿管癌の再発による腹腔内巨大腫瘍が死因であると考えられる。 イ 原告らの主張 被告らの主張は誤りである。当該レシピエントの死因は、カルテの記載によると原発性肺癌が肝臓に転移したものである。被告らは、「尿管癌の再発による腹腔内巨大腫瘍が死因である」とする根拠を提出されたい。 (7) (訴状別紙4のⅳ表5)提示番号3 症例番号21について ア 被告らの主張 レシピエントは移植後6カ月で死亡しているが、ネフローゼ腎の部分で説明した劇症肝炎による死亡である。 イ 原告らの主張 被告らの主張は誤りである。当該レシピエントは4回目の移植で、手術をしたところ、腹腔内に再出血を起こしており、膵臓が溶けていた。死因は急性膵炎である。 (8) (訴状別紙4のⅳ表5)提示番号4 症例番号22について ア 被告らの主張 レシピエントは生存82カ月としているが、生着期間の記載は無く、実際は移植腎の機能は発現していない。 イ 原告らの主張 上記アのとおりであり、(訴状別紙4のⅳ表5)提示番号4 症例番号22のレシピエントの「予後(月数)欄にも「生存(82)」と記載している。何ら事実誤認は存しない。 4 レシピエントのデータの再検討 (1) 文書送付嘱託の結果、市立宇和島病院、宇和島徳洲会病院、呉共済病院から送られてきたカルテ等を再検討し、レシピエントのデータをまとめたものが、甲C第31号証の別紙「42症例一覧表」である(繰り返すが、宇和島徳洲会病院の調査委員会報告書【甲C28】の作成に合わせて、2006年12月1日時点【各レシピエントの最終生存確認日】のものである。以後の予後(追跡調査)については、文書送付嘱託によって御庁に提出されたカルテをもとに、別途分析して主張する予定である。)。 (2) 原告らは、甲C第31号証の別紙「42症例一覧表」および宇和島徳洲会病院調査委員会報告書(甲C28)をメディカル統計株式会社(住所:東京都中央区日本橋堀留町2-8-4日本橋コアビル1F、代表取締役:小田英世、以下、「メディカル社」という。)に送付し、①42症例のレシピエントの生存率・生着率の再解析、および②再解析の結果と宇和島徳洲会病院調査委員会報告書42頁の図1・2との比較を依頼した(甲C31)。 (3) メディカル社が甲C第31号証の別紙「42症例一覧表」をカプランマイヤー法で解析した結果の報告書は、甲C第32号証の1・2である。 42症例の生存率のカプランマイヤー曲線は、甲C第32号証の2の図1、生着率のカプランマイヤー曲線は、甲C第32号証の2の図2で、訴状別紙5の図1・2(宇和島徳洲会病院の調査委員会報告書の図1・2【甲C28の42頁】)との比較については、以下のとおり結論付けられている(甲C32の1の4)。 ア 生存率のカプランマイヤー曲線 「宇和島徳洲会病院調査委員会報告書」図1のグラフから読み取ったレストア腎移植42例の生存率は、以下のとおりである。 1年生存率 約92% 2年生存率 約92% 3年生存率 約90% 4年生存率 約86% 5年生存率 約75% 10年生存率 約65% 今回の解析結果は全く同じではないが、類似した値となった。 イ 生着率のカプランマイヤー曲線 「宇和島徳洲会病院調査委員会報告書」図2のグラフから読み取ったレストア腎移植42例の生着率は、以下のとおりである。 1年生着率 約78% 2年生着率 約72% 3年生着率 約70% 4年生着率 約66% 5年生着率 約50% 10年生着率 約42% 今回の解析結果は全く同じではないが、類似した値となった。 5 結論等 (1) 上記4のとおり、原告らが訴状で主張した上記1の主張は確かなことが立証された。 (2) 被告らがこれに異論があるのであれば、被告らは、甲C第31号証の別紙「42症例一覧表」を用いて、カプランマイヤー法によって42症例の生存率・生着率を解析されたい。または、被告らにおいて、文書送付嘱託によって取寄せた各病院のカルテを被告らにおいて分析して甲C第31号証の別紙「42症例一覧表」と同様のデータを作成してカプランマイヤー法によって42症例の生存率・生着率を解析されたい。 以上 甲C第32号証の1(PDF) 甲C第32号証の2(PDF)
MRIC 医療ガバナンス学会
http://medg.jp/mt/ 医療倫理から見た「病腎(修復腎)移植」問題; 日本移植学会の本末転倒 健保連 大阪中央病院 顧問 平岡 諦 はじめに: 「病腎移植」問題の経過について、難波紘二・広島大学名誉教授が最近のMRICにおいて詳細を述べている(「病腎移植と日本臨床腎移植学会:臨床研究演題却下事件を考える」(MRIC Vol.21, 22. 2011))。そのなかで、日本移植学会の幹部5人が「治療を受ける権利と生存権を侵害した」として、透析患者らから裁判を起こされていることを知った。この裁判は「医師による患者の人権侵害」が問われている裁判である。そこで医療倫理の視点から「病腎移植」問題を検討した。なお生命倫理の視点からは粟屋剛・岡山大学教授によりすでに検討されているので参考にされたい(「病腎移植の『医学的妥当性』と患者の自己決定:生命倫理の視点から」NPO法人・移植への理解を求める会のホームページより)。 (1):日本移植学会の本末転倒が「患者の人権侵害」へ: 結論を先に述べる。「病腎移植」問題に対する日本移植学会の対応は本末転倒である。日本移植学会は「学会が決めた倫理指針」、「学会が決めた医学的正当性」、すなわち「学会の意向」を「患者の人権」より優先させた。そして「学会の意向」が「患者の人権侵害」となってしまった。そこで患者から裁判を起こされたということである。つぎにその構図を述べる。 日本移植学会は「倫理指針」を定めている。ヘルシンキ宣言などにもとづき、目的はもちろんドナーを含めた「患者の人権」を守るためである。「倫理指針」はそのための手段である。手段イコール目的ではない。「倫理指針違反」がそのまま「患者の人権侵害」になるということではない。また「倫理指針遵守」が必ずしも「患者の人権擁護」になるということでもない。目的と手段を取り違えると本末転倒となる。手段は目的にあった手段でなければならない。 「病腎移植」問題の発端は「倫理指針」違反の問題であった。「病腎移植」そのものが「患者の人権侵害」ではない、「心臓移植」そのものが「患者の人権侵害」ではないように。事実、「病腎移植」で救われている患者がいるではないか。日本移植学会は「倫理指針違反」への対応において過ちを起こした。その過ちとは「倫理指針」という手段を目的にしてしまったことである。そして「患者の人権擁護」という目的を忘れて、「病腎移植」そのものを否定してしまった。救われる患者の、救われる道を閉ざしてしまったのだ。これは「患者の人権侵害」に当たる。患者から裁判を起こされるのは当然である。 被告である日本移植学会の重鎮たちは「病腎移植」そのものを否定しているので、裁判では「病腎移植」を行うことそのものが「患者の人権侵害」であることを証明する必要がある。「心臓移植」を行うことそのものが「患者の人権侵害」であることを証明するようなものだ。明らかに不可能である。なぜこのように不毛な裁判を日本移植学会は続けようとするのだろうか。日本移植学会の過ちを、日本移植学会ホームページなどから、もう少し詳しく見てみよう。 「2006年11月に表面化した『病腎移植』事件」に対して、ただちに日本移植学会は対応した。一つは倫理指針に「生体腎移植の提供に関する補遺」を付け加えたこと、もう一つは会員あての声明「倫理指針の遵守について」(2006年11月13日付け)を出したことである。 「生体腎移植の提供に関する補遺」にあげられた項目は以下のとおりである。①:提供者の「自発的意思」の確認、②:提供者の「本人確認」、③:金銭授受などの利益供与が疑われる場合の対応、および、生体腎移植実施までの手順である。どこにも「病腎移植」そのものが「患者の人権侵害」であることは書かれていない。つぎに「倫理指針の遵守について」(2006年11月13日付け)であるが、これは「補遺」についての注意喚起の文章である。「日本移植学会はわが国における移植医療の適正な発展に責任を持つ。すべての会員は、医学的に適正であり、かつ本学会倫理指針を順守した臓器移植を行う義務を有する。」に始まっている。そして「今回の宇和島徳洲会病院に端を発した一連の件はきわめて遺憾であり、二度とあってはならないことである。日本移植学会としても今回の事態を防ぎ得なかったことの責任を痛感し、移植医療に関与するすべての医療従事者に本会倫理指針を遵守するよう強く要請する」で終わっている。 日本移植学会としては会員に倫理指針を遵守させるのは当たり前である。そこで「補遺」および「倫理指針の遵守について」を出した。しかし会員に倫理指針を遵守させるには前提がある。その前提とは倫理指針の内容が「患者の人権を守る」という目的にあっていることである。先の難波紘二・広島大学名誉教授のことばを借りると「移植学会指導部の無謬性を前提として初めて成り立つものである」ということになる。この前提を見失うと、「医学的に適正である」と学会が判断したことや学会が決めた倫理指針、すなわち「学会の意向」が「患者の人権」より優先されることにもなるのだ その後の状況を、先の難波紘二・広島大学名誉教授はつぎのように記載している。「移植学会は、『第三者間移植は移植学会倫理委員会を通す』という規定に違反しており、『がんの腎臓の移植は禁忌中の禁忌』であるとし、関係病院に調査委員を派遣し調査に当たるとともに、厚労省に働きかけてこれを禁止した」。また厚労省が禁止するまでの詳しい経過をつぎのように記載している。「2007年3月30日の高原史郎阪大教授による『市立宇和島病院の25例の追跡調査結果がきわめて悪い』という、いわゆる『高原発言』を受けて、翌31日『医学的にも医療倫理的にも受け入れがたい』とする『四学会共同声明』が発表され、すぐさま厚労省はこれを受けて『病腎移植』禁止の方向に動き、1ヶ月間のパブリックコメント聴取を経て、7月12日『病腎移植原則禁止』の局長通達を都道府県及び政令指定都市の首長宛てに通達した」。 医学的にも医療倫理的にも受け入れがたい」とは「学会の医学的判断にもとづいても、学会の倫理指針に違反していることによっても、病腎移植は受け入れがたい」ということである。どちらも「学会の意向」によって「病腎移植」を禁止したのだ。この時点で忘れていることは、「病腎移植」そのものが「患者の人権侵害」に当たらないことである。このようにして、日本移植学会は「学会の意向」を「患者の人権」より優先させることにより「患者の人権侵害」をひき起こしてしまい、そして、患者から裁判を起こされたのである。 (2):「日本移植学会の本末転倒」を正すべきは誰か; 日本医師会長、日本医学会会長を裁判の証人に: まず日本移植学会の位置づけである。日本移植学会は日本医学会の傘下にある。日本医学会は日本の医学界の代表である。日本医学会は日本医師会の中に置かれている。日本医師会は日本の医療界の代表である。日本医師会の設立目的は第一が「医道の高揚」、第二が「医学・医術の発達普及」である。日本医学会は第二の目的を果たすために日本医師会の中にある。日本医師会は、医学・医術の暴走(医学者・医師の暴走)をコントロールするために、「医道の高揚」を第一に掲げている。そして会員に「医の倫理綱領」、「医師の職業倫理指針」を配布しているのだ。 日本医師会と日本医学会が「車の両輪」となり、それぞれがそれぞれの目的のために「なすべきこと」をなし、「してはいけないこと」をしなければ、日本の医療は患者に信頼され、医師にとっても素晴らしいものとなるはずだ。しかし現実には、根深い医療不信があり、国民医療が破壊され、世界の先端医療から取り残されている。日本医師会、日本医学会が「なずべきこと」をせず、「してはいけないこと」をしているからだ(詳しくは「医療倫理から見た、日本医師会長と日本医学会会長の『ことばの裏』」(MRIC Vol.27、 2011.2.4)を参照)。 日本医学会の傘下にある日本移植学会が、学会ぐるみで「患者の人権」を侵害しているのである。それをコントロールするのは日本医師会の役目である。日本医師会は「医の倫理綱領」の冒頭でつぎのように述べている。「医学および医療は、病める人の治療はもとより、人びとの健康の維持もしくは増進を図るもので、医師は責任の重大性を認識し、人類愛を基にすべての人に奉仕するものである。」素晴らしいことではないか。しかし、日本移植学会は「学会による医学的判断」、「学会が定めた倫理指針」によって、「病腎移植」によって救われる患者を切り捨てているのだ。日本医師会の定めた「医の倫理綱領」に違反していることになる。日本医師会として「医道の高揚」を図る義務がある。それが設立目的の第一であり、「なすべきこと」である。日本医師会長は、日本医学会会長をつうじて、日本移植学会会長に「患者の人権侵害」という「医療倫理違反」を是正させなければならないはずだ、それが日本医師会の設立目的の第一であるから。原告団は、日本医師会長、日本医学会会長に公開質問状を出すなり、裁判の証人として呼ぶなりして、両会長の考えを聞けばよい。 「病腎移植」問題は、当初の移植医による「倫理指針違反」の問題から、日本移植学会という医師集団が犯している「患者の人権侵害」の問題になったのである。日本医師会がこのまま放置し、第一の設立目的を裏切るのであれば日本医師会の存立自体が問われることになる、設立目的を裏切る八百長相撲によって、公益法人の取り消しや存立自体が話題に上っている日本相撲協会と同じように。日本医学会もこれを放置するなら、「病腎移植」という先端医療で世界に後れを取ることになり、「医学・医術の発達普及」の責が果たせないのであり、また、救える患者を救わずに、医療不信を増悪させることになるのだ。 (3):構造的な問題としての「日本移植学会の本末転倒」: 日本移植学会は「倫理指針違反」への対応において、「倫理指針」という手段を目的にするという「誤謬」を起こしてしまった。そして「患者の人権擁護」という目的を忘れて、「倫理指針改定」によって「病腎移植」そのものを否定してしまった。それが「それによって救われる患者の救われる道を閉ざす」という「患者の人権侵害」に当たるのだ。「移植学会指導部の無謬性」の前提が崩れたことになる。「それによって救われる患者の救われる道を閉ざす」ことが無いようにと、心臓移植の「発達普及」に長年、尽力してきたのが日本移植学会ではないのか。そのような日本移植学会がなぜこのような「誤謬」に陥ったのか。そこに日本の医療界全体の構造的な問題があるからだ。 それを一言でいうなら「日本医師会が、ヘルシンキ宣言は受け入れているものの、マドリッド宣言の受け入れを頑なに拒んでいるからだ」ということになる。マドリッド宣言の受け入れを日本医師会は情報操作をしてまで阻止していること、そして日本医師会に情報操作をさせているのが日本の医学界であること、これが構造的な問題だ(日本医師会の情報操作の詳細については「日本医師会の情報操作、戦犯免責と「患者の人権」、そして日本医学会・日本医師会・日本学術会議の関係」(MRIC Vol. 355, 356; 2010) を参照)。日本医師会、日本医学会はなぜこのような態度を取るのだろうか。以下に概略を述べる。 ヘルシンキ宣言の成立過程については、中村利仁・北海道大学大学院医学研究科医療統計・医療システム学分野・助教の「ナチスドイツとヘルシンキ宣言」(MRIC Vol.378, 2010.12.14)に詳しく記載されているので参考にされたい。そのなかで、ナチスドイツの数々の非倫理的行為について「深刻だったのは、ナチスが全く合法に政権を獲得して、法制度を整えながら非倫理的行為に手を染めたがため、律義な普通の人々がそれに協力したことです」と記載されている。これを言い直すと、「法(すなわち国家権力)の無謬性」を前提に、(人体実験に加わった多くの医師を含めて)ひとびとは「国の意向(すなわち非倫理的行為)」に協力したということである。ナチス政権が非倫理的行為に手を染め、法制度を整えながら普通の人々を従わせた構造と、日本移植学会が「移植学会指導部の無謬性」を前提に、「非倫理的な改定」を行った「倫理指針」を会員に守らせようとしている構造とは、同じである。 ナチス政権下、「非倫理的行為」を行った関係者が「人道に反する罪」として罰せられたのがニュルンベルク裁判であり、このような非倫理的行為、とくに「本人の自発的同意の無い人体実験」に「倫理的歯止め」をかけるために考え出されたのがニュルンベルク倫理綱領である。これを直接に引き継いだのがヘルシンキ宣言(1964) であるが、世界医師会(設立は1947年)はまずニュルンベルク倫理綱領に盛られた考え方を、医師全体としての「新しい」あるべき姿、すなわち「新しい」医療倫理観とするべく努力したのである。その最初の成果がジュネーブ宣言である。世界医師会はその後にも多くの宣言を発表している。ジュネーブ宣言(1948)につづいて、WMA医の国際倫理綱領(1949)、ヘルシンキ宣言(1964)、リスボン宣言(「患者の権利宣言」)(1981)、WMA Declaration on Physician Independence and Professional Freedom(1986)などを発表し、「患者の人権が第一;To put the patient first」に最優先されるべきとする「新しい」医療倫理観を形作っていったのだ。そして「患者の人権を最優先する」という目的実現のために、各国医師会が取るべき手段を示したのが「professional autonomy and self-regulationに関するマドリッド宣言」(1987)である。「患者の人権を、国その他の意向よりも何よりも優先させる」と宣言(profess) することが「professional autonomy;医師集団としての自律」の意味である。患者の人権を最優先させなかった医師、すなわち倫理違反を犯した医師を処罰するのが「self-regulation;集団内自浄システム」の意味である。「professional autonomy and self-regulation」によって「医師集団として患者の人権」を擁護しようということだ(詳しくはMRIC Vol.268. 2010、「プロフェッショナル・オートノミー:日本医師会の情報操作と医療界のガラパゴス化(その2/5)」を参照のこと)。そしてこの「新しい」医療倫理観を多くの国の医師会が受け入れているのである。 一方、日本ではどうだろうか。「日本軍が満州でやった石井部隊の人体実験」は、ニュルンベルク裁判でドイツ人医師が裁かれた「人道に反する罪」と同じである。戦後、関係者は戦犯免責により裁判にかけられることもなく社会にもどった。「戦争に科学者が協力したのは法にもとづいて協力したまでである」という考えにより、直接的に関係した多くの優秀な医学者を、そしてまた彼らを送りだした当時の医学界の重鎮たちを、日本の医学界は「倫理的な非難」から庇ったのである。「法」という国の意向があれば「人体実験」でも行うのがあたり前という考え方である。これでは「患者の人権」が守られなかったという反省に立って、「新しい」医療倫理観を示したのが世界医師会であり、その実現手段を示したのがマドリッド宣言である。「日本軍が満州でやった石井部隊の人体実験」の関係者を庇うために、日本の医学界は「人道に反する罪」を反省しなかったのだ。そのために日本の医学界は、日本医師会に情報操作をさせてまで、「新しい」医療倫理観、そしてマドリッド宣言の受け入れを阻止しているのである。日本医師会は日本の医学界を正すべき立場にありながら、日本の医学界に「情報操作」という手を貸しているのだ。 「法」という国の意向があれば「人体実験」でも行うのがあたり前という考え方が、日本医師会の基本的な医療倫理観となって現在に至っている。もちろん日本の医学界の考え方も変わっていない。患者の人権意識の高まりとともに、さすがに国や、製薬会社などの意向があっても「本人の自発的同意の無い人体実験」は出来なくなった。そこでヘルシンキ宣言は受け入れたのである。しかし、基本的な考え方は変わっていない。その証拠が今回の「病腎移植」に見られる日本移植学会の対応である。学会が決めた「倫理指針」があれば「病腎移植」禁止という患者の人権侵害でも行うのが当たり前という考え方に陥ることになるのだ。日本移植学会の本末転倒は構造的なのである。 (4):構造的だから繰り返される、医師による患者の人権問題;「和田心臓移植事件」: 医療倫理の視点から、「和田心臓移植事件」を見ると次のようになる。 1968(昭和43)年8月8日、和田壽郎・札幌医科大学教授(当時)により世界で30例目、日本で最初の心臓移植という先端医療が行われた。「二つの死から、一つの生を」がキャッチフレーズであったが、レシピエントの死後、「二つの死」に対していろいろな疑惑がだされた。1969(昭和44)年12月、大阪の漢方医らが、和田教授を殺人罪・業務上過失致死罪で告発した。告発をきっかけに札幌地検が捜査を開始した。多くの疑惑があがったが、1970年8月、札幌地検は告発を不起訴処分とした。これで法的には無罪となった。 1973年3月、「心臓移植事件調査特別委員会」を設けて調査を行っていた日弁連は、和田心臓移植にドナー、レシピエントの人権上、重大な疑義があるとして警告文をだした。その内容を以下に示す。 「和田壽郎教授宛警告」: 1.心臓移植における受給者の適応は、当該心臓移植に関係のない内科医を含む複数の医師の対診の下に決定すること。 2.提供者の死の判決は、当該心臓移植手術に関係のない麻酔科医を含む複数の医師の対診の下にこれを行うこと。 3.関係資料の散逸を防ぎ、爾後の検索に支障なからしめ、いやしくも、隠匿または湮滅を疑しめるような行動をしないこと。 以上を警告します。 「同学長宛要望」: 診断に当たる医師と当該手術に当たる医師との間には、師弟関係、親姻戚関係の無いことが望ましい。 この日弁連の警告文の意味を読み取るには、この当時に有効であった昭和26 (1951)年制定の日本医師会「醫師の倫理」との関連を見る必要がある。「醫師の倫理」には次のように記載されており、括弧で警告文の内容と対比させた。 昭和26年日本医師会定「医師の倫理」 第2 医師の心得 第2章 医師相互間の義務 第2節 必要なる対診は、努めてこれを行うべきである。(警告1,2) 第3節 対診には、不誠実と競争心があってはならない。(学長宛の警告) 第13節 患者について、他医からの聞合せがあった場合には、詳細且つ 迅速に、必要な記録を提供すべきである。(警告3) 日本医師会は戦後すぐに制定した医療倫理に、「対診」というpeer review(同僚評価)の重要性を盛り込んでいたのである。日弁連の警告文は和田心臓移植が日本医師会のこの倫理規定に反することを和田教授に警告するとともに、自身の定めた倫理規定の違反者に対処しない日本医師会に対する非難の文章となっているのである。倫理違反を指摘されても対処しない日本医師会、疑惑解明を困難にした「密閉性」(医局員以外を排除する形で心臓移植は行われた)の改革に乗り出そうとしない医学界、大きな医療不信を残したのは当然である。 なぜ、日本医師会は倫理違反者に対して処置を下さないのだろうか。日本医師会はその理由を「医師の職業倫理指針」(改定版)の序文でつぎのように述べている。「倫理は社会的ルールといえるが、基本的には個人的、内省的、非強制的なものであり、各個人が自覚を持ってルールを認識しそれを遵守することが最も大切であることは言うまでもなく、この倫理指針がそのお役に立てば幸甚である」。医療倫理の遵守は「個人の努力まかせ」という考えなのだ。「医師集団として、患者の人権を最優先して守ろう」とする世界医師会の医療倫理観に比べて、日本医師会のそれがいかに「古い」かということが良く判るであろう。 「患者の人権を最優先する」こともなく、また「医療倫理の遵守は個人まかせ」で倫理違反者を放置する、このような日本医師会の「古い」医療倫理観が、医師による患者の人権問題を繰り返させる構造的な問題なのである。 おわりに: 「和田心臓移植事件」は個人レベルの患者の人権問題であった。「病腎移植」問題は学会レベルの患者の人権問題である。残るは、「医療界ぐるみ」の患者の人権問題であるが、それが「日本軍が満州でやった石井部隊の人体実験」である。日本医師会、日本の医学界は歴史から学ばすに、また、その歴史を繰り返そうとしているのであろうか。日本医師会、日本の医学界は「全員加入制の医師会」を検討しているようである。「患者の人権を最優先して守ろう」とする医療倫理観を受け入れずに「全員加入制の医師会」を作ると、「医療界ぐるみ」で「患者の人権」よりも何かの「意向」を優先させる可能性が出てくる。戦時下に制定された「国民医療法」による強制加入の「戦時医師会」のように。 日本の医療界が「患者の人権を最優先する」という「新しい」医療倫理観を受け入れなければ、「和田心臓移植事件」や「病腎(修復腎)移植」問題のような、個人や学会ぐるみの「医師による患者の人権問題」が繰り返されるということであり、「全員加入制の医師会」になれば「日本の医療界ぐるみ」の「医師による患者の人権問題」を繰り返す可能性が出てくるということである。 (2011.2.6. MRIC投稿)
病腎移植と日本臨床腎移植学会:臨床研究演題却下事件を考える(3)
鹿鳴荘病理研究所 広島大名誉教授 難波紘二 Ⅴ.移植学会も臨床腎移植学会も頭を切り換えよ 【時代遅れのドナー基準】 以上が臨床腎移植学会における「修復腎移植」の臨床研究に関係した2演題却下の実情レポートである。ところが少し遅れて「米国泌尿器科学会」の演題として応募した同じ内容の医師側演題は、採用が決まり5月に開かれる学会で発表されることになった。米国の学会は実質的に世界学会で、世界中から演題が集まる。会場のスペースの関係で、演題の選択制があるが、レベルの高い演題が集まるから、応募者の方で自己規制を行い自信のある演題しか応募してこない。これが本来の学会である。 日本は誰が見ても「移植後進国」であり、慢性的なドナー不足に悩まされている。年間腎移植の件数が1000件を超したというが、登録した腎移植待ち患者は1万2000人もおり、移植待ち期間の死亡率は21%に達する。移植待ちの経費負担に耐えきれなくて、登録取り消しをした患者は1万5000人に上る。どういう計算をしても、年間1万人が新たな慢性腎臓病(CKD)として加わる日本の腎疾患構造では、1000件の腎移植で移植待ち患者リストを解消できないのは自明である。 だからこそ、2007年に日本はWHOから「自国のドナーを増やすように」勧告を受けたのである。 その「移植後進国」の学会が腎臓ドナーの供給源を増やす臨床研究の発表を却下し、「移植先進国」の米国が同じ演題を採用する。一体どうなっているのか? 高橋理事長が固執する「移植学会の倫理指針」なるものは、07年11月24日の総会つまり厚労省が「病腎移植原則禁止」の通達を出した後に改正されたもので、「第三者間腎移植」についは、以下のように定めている。 〔2〕(1)-1-②「当該医療機関の倫理委員会において、症例毎に個別に承認を受けるものとする。実施を計画する場合には日本移植学会に意見を求めるものとする。日本移植学会は倫理委員会において当該の親族以外のドナーからの移植の妥当性について審議して、その是非についての見解を当該施設に伝えるものとするが、最終的な実施の決定と責任は当該施設にあるものとする。」つまり移植学会は口は出すが、責任は取らないというのである。この規定が施行されてから3年が過ぎたが、親族外第三者移植について、移植学会倫理委員会に意見を求めた施設と症例数を公表してもらいたいものである。恐らくゼロであろう。 「臨床研究」に関しては次のような文言が「改正倫理指針」にある。 〔5〕臨床研究:「臓器移植に関する臨床研究を計画する場合には、当該施設の倫理委員会の審査を経て施設長の承認を得た上で日本移植学会に意見を求めるものとする。日本移植学会は倫理委員会において当該臨床研究の妥当性について審議して、その是非についての見解を当該施設に伝えるものとするが、最終的な実施と決定と責任は当該施設にあるものとする。」 ここでも口は出すが責任は取らない、という態度が明白であるし、何よりも「臨床研究」というものの本質が理解されていない。例えば病腎移植の臨床研究や腎移植に先立ってドナーからの骨髄移植を行いレシピエントの免疫系をドナーのそれに置き換えておけば拒絶反応は回避できるが、臨床血液学を巻き込むそのような「臨床研究」を評価する能力がいまの日本移植学会にあるのか?そもそも国家であれ、学会であれ「臨床研究」を統制することが学問研究の自由を統制することではないのか? さらに日本移植学会は08年5月18日の理事会で以下のような「生体腎移植ガイドライン」を制定している。これはドナーとレシピエントの適応基準を項目化したものである。レシピエントに関しては国際的に受け入れられている基準なので割愛するが、問題はドナー基準である。 「1.以下の疾患または状態を伴わないこととする。 d.悪性腫瘍(原発性脳腫瘍及び治癒したと考えられるものを除く)」 という項目がある。これは20年以上前のイスラエル・ペンの学説であり、今日欧米で廃れているものである。むしろ日本では胃を中心とした早期がんや子宮上皮内がんが多いが、これを欧米では「がん」として扱っていないのに対して日本では「がん」として扱っている。がんつまり「悪性腫瘍」の定義と診断基準が日本と外国で異なっている現実にまったく無知である。 さらに、 「 2. 以下の疾患または状態が存在する場合は、慎重に適応を決定する。 a. 器質的腎疾患の存在(疾患の治療上の必要から摘出したものは移植の対象から除く)」 という項目がある。 これは具体的には何を意味しているかというと、親族間のドナー候補で術前の検査で破裂の可能性の高い腎動脈瘤の存在が見つかった。しかしこの場合には、移植が目的なので、腎臓を摘出して動脈瘤を切除し(修復し)移植することは構わない。しかし第三者の場合、健康診断で破裂寸前の腎動脈瘤が見つかり、腎切除術がおこなわれることになっても、腎切除の目的が治療にあるので、たとえ修復しても移植に用いてはならない、つまり修復腎移植は禁止する、という意味である。同じ病変でも、移植を目的とするかどうかで、移植の適否が分かれるという馬鹿げたダブル・スタンダードである。 日本移植学会の「倫理指針(07.11.22改訂)」は生体臓器移植について、「健常であるドナーに侵襲を及ぼすような医療行為は本来望ましくないと考える。」と唱い「例外としてやむを得ず行う」ものと位置づけている。ところが現在日本で年間約1000例行われている腎移植手術の80%は親族からの健常ドナーからの移植であり、これは「例外」ではなく「常態」というべきである。移植学会はおそらく移植先進国の指針をコピーして自前の「倫理指針」を作ったつもりであろうが、現実とあまりにも乖離した指針に妥当性はない。 【間違った学会基準】 さて以上の「日本移植学会倫理指針」及び「腎移植ガイドライン」に照らせば、「修復腎移植の臨床研究」は1)第三者間移植であるにもかかわらず、移植学会倫理委員会に届け出ていない(「倫理指針」〔2〕(1)-1-②違反)、2)「臨床研究」を行うことを移植学会倫理委員会に届け出ていない(「倫理指針」〔5〕違反)、3)治療目的で摘出したがんの腎臓を移植に用いている(「生体腎移植ガイドライン」2.a違反)ということになる。 従って、「下部組織として移植学会の倫理指針に従うのが自分の役目である」と公言する臨床腎移植学会の高橋公太理事長は、そのかぎりにおいて間違っていない。しかしそれは「官僚的忠実さ」であり、「移植学会指導部の無謬性」を前提として初めて成り立つものである。 同じようなことは中世から近世への移行期に起こった。ガリレオ・ガリレイが振り子の等時性を発見し、ついでアリストテレスの「重さが2倍ある物体は2倍の早さで落下する」という命題が誤っていることをピサの斜塔の実験で証明し、さらに木星の4つの衛星の観測から、「天が動くのでなく、地球が動くとしか考えられない」と地動説を唱えたとき、法王庁の神父たちは聖書に基づいてではなく、「法皇の無謬性」を根拠に宗教裁判を開き、ガリレオを断罪した。 「日本移植学会」は法人ではなく任意団体であることはすでに指摘した。「人格権能なき団体」を訴訟対象とすることには困難があるので、患者団体はNPO法人を作り提訴権を獲得した上で、学会を構成する主要幹部を損害賠償裁判の被告として選んだのである。 その任意団体が作った「倫理指針」や「ガイドライン」にどれほどの権威や拘束力があるのか? 繰り返しになるが事実関係をもう一度確認しよう。日本移植学会は07年3月30日の「髙原発表」を受けて3月31日に「四学会共同声明」を発表し、「病腎移植」を医学的にも倫理的にも受け入れられない医療だと断罪した。これを受ける形で厚労省は「臓器移植対策委員会」での審議を経て、「臓器移植法」の運用に関する指針(ガイドライン)に一部改訂を加え、いわゆる「病腎移植禁止」を2007年9月15日、指針8として追加した。以下原文を引用する。 「8. 疾患の治療上の必要から腎臓が摘出された場合において、摘出された腎臓を移植に用いるいわゆる病腎移植については、現時点で医学的に妥当性がないとされている。したがって、病腎移植は、医学・医療の専門家において一般的に受け入れられた科学的原則に従い、有効性及び安全性が予測されるときの臨床研究として行う以外は、これをおこなってはならないこと。また、当該臨床研究を行う者は「臨床研究に関する倫理指針」(平成16年厚生労働省告示第459号)に規定する事項を遵守すべきであること。さらに、研究実施に当たっての適正な手続の確保、臓器の提供者からの研究に関する問合わせへの的確な対応、研究に関する情報の適切かつ正確な公開等を通じて、研究の透明性の確保を図らねばならないこと。」 この厚労省のガイドライン改訂を受けて、日本移植学会の「日本移植学会倫理指針」が同年11月27日に改訂され、翌08年5月18日理事会決定として、「生体腎移植ガイドライン」を制定し「治療目的で摘出した腎臓の移植禁止」を打ち出したのである。注目すべきことは、いずれも自分たちの学問的権威や社会的影響力に依拠したものではなく、厚労省ガイドラインという「虎の威」を借りていることである。 厚労省ガイドライン8は「いわゆる病腎移植」の臨床研究に当たっては、「研究に関する情報の適切かつ正確な公開」による「研究の透明性の確保」を求めており、演題を学会で発表させないという措置は、このガイドラインの精神をまったく無視したものといわざるを得ない。 【「現時点」は刻々と動く】 ところで移植学会幹部が金科玉条としたこのガイドラインは10年1月14日に変更された。つまり厚労省は「現時点」という語句をガイドライン改訂時の07年と狭く解釈し、3年後の「現時点」には当てはまらないとしたのである。「病腎移植」関係のガイドライン変更部分は以下の通りである。 「いわゆる病腎移植の臨床研究の実施に際し、疾患対象についてはガイドラインにおいて特段制限していないこと。 個別の臨床研究の実施に関しては、臨床研究を行う者等が、「臨床研究に関する倫理指針」に規定する事項を遵守し、実施するものであること。」 第1項は移植学会が真っ向から反対している「小径腎癌」を臨床研究の対象として含めてもよいことを意味している。 第2項は、厚労省の「臨床研究に関する倫理指針」に従って行う臨床研究であれば、特定の学会や団体に拘束されないことを意味している。 換言すれば、「日本移植学会」が要求する第三者移植の場合の届け出と学会審査、「臨床研究」の届け出と学会審査、「治療目的で摘出した腎臓の移植への利用禁止」などの規則が、厚労省により否定されたことを意味している。 2008年12月に厚労省が「超党派議員の会」代表及びNPO法人「移植への理解を求める会」代表と会合を持ち、患者団体から突きつけられた新たな「国家賠償裁判」の道を回避するために、「臨床研究」の承認とそのための「対象疾患に制限を設けない」ことを約束することで、2007年9月の局長通達で封印された「病腎移植」は封印が解かれたのである。09年1月の文書はそれを追認するものでしかない。 ところが06年11月から07年3月31日に至るなりふり構わぬ学問的虚偽と政治的動きにより、厚労省を動かし9月17日の「病腎移植」禁止の局長通達を出させることに成功した移植学会と臨床腎移植学会は、勝利に酔うあまり自己絶対化に陥り、病気腎移植禁止を学会指針に盛り込み、第三者間移植と移植に関する臨床研究をも自分たちの管轄下に置こうと、規定改正を行った。 腎移植の行われる施設は「医療法人」または「独立行政法人」などの法人であり、それを行う医師またはコメディカルはその職員である。任意団体である日本移植学会や臨床腎移植学会がこれらの施設や職員を規制する法的権限などないのである。 09年12月30日から開始され、現在までに6例が実施された修復腎移植「臨床研究」の進展により、事態は3年前と大きく変わったのである。今や移植学会が07年に作った「倫理指針」と08年に作った「生体腎移植ガイドライン」が時代遅れとなり、厚労省新ガイドラインと不一致を来しているのだ。人間は自分に不利な情報は耳に入らないという特性をもつ。修復腎移植は頭から「悪い医療だ」と信じ込んでいるから、その進展状況も情報が入らず、上部団体の移植学会に遠慮して、今回の2演題却下という措置に出たのであろう。それが「移植学会の無謬性」を信じてのことだとすれば、「法皇の無謬性」を信じてガリレオを弾圧した法王庁の神父たちと変わるところがない。つまり学会の形式は近代的だが、中身は中世のままだというしかない。 何度でもいうが、修復腎移植は「コロンブスの卵」、「第三の移植」と呼ばれるように、ドナーとレシピエントの両方を同時に救うことのできる「コペルニクス的転回」をもたらす移植術である。1991年に最初の移植を受けた44歳の男性は、この1月に生着20周年を達成し、この3月には関係者による祝賀会が予定されている。 【患者裁判の現状】 移植学会の幹部5名(田中紘一、大島伸一、寺岡 慧、髙原史郎、相川 厚)を被告としてNPO法人「理解を求める会」のメンバー6人が総額約6500万円の損害賠償訴訟を起こした。「病腎移植禁止」により、憲法が認めている「幸福追求権」が妨げられたことへの損害賠償である。松山地裁で行われているこの裁判に筆者は傍聴に通っているが、当初被告側弁護団長に面会し、「長期にわたる裁判となり、原告側に死者も出るから和解してはどうか」と申し入れたところ、「学会の名誉がかかっているから、和解には絶対に応じられない」という返事であった。 被告側弁護団の戦略は「本件は高度に医学的判断がからんでいるので、裁判になじまない」という主張を展開し、裁判長に提訴を却下させる方針であった。当初担当した裁判官は、定年を目前にしており、本気で裁判を行う気配がなく、3回ほど審理したところで弁護士になるため辞任してしまった。4回目の公判は第一陪席であった女性判事が臨時に務め、新たに別の裁判官が訴訟を受け継ぐことと次回公判のおよその日時を決めた。 毎回の裁判は小法廷で開かれ、原告側は途中死亡した透析患者の訴訟を継承した母親が遺影を抱いて出廷したのを初め、全員が出廷し、弁護団も全員出席した。これに対して被告側は被告の出廷は一度もなく、弁護団の出廷も5名のうち2〜3名に留まった。傍聴席はおよそ30席あるが、報道陣以外の一般人はすべて修復腎移植支持派で、反対派の傍聴者はいなかった。 2010年4月に新裁判長が着任し、「実質審理を行い、しかる後に司法判断になじむかどうかを決定する」という新たな訴訟指揮方針を明らかにした。これは被告側弁護団の「門前払い」戦略が破れたことを意味する。事態の急変を弁護団から聞かされた移植学会は大慌てで、「公判支援」資金集めのための「特別委員会」を立ち上げ、一般会員、評議員、理事という立場に応じて寄付金額を定めその徴収に乗り出した。さらに07年3月31日の「四学会共同声明」に参加した、日本泌尿器科学会、日本臨床腎移植学会、日本腎臓学会に対しても、寄付集めを要請し「特別委員」の選出依頼が行われた。 一方、裁判の方も実質審理に入ったことで、原告側が立証のための「準備書面」として用意すべき資料を裁判長命令により被告側に提出させることが可能になった。目下問題になっているのは、①「小径腎癌は摘出するのでなく、がんを切除した後患者に自家移植すべき」という被告らの当時の主張で、該当年を含むその前後6年の統計が提出された結果、自家移植率は0.2%にも達していないことが明らかになった。②今、問題になっているのは市立宇和島病院の25症例を解析した髙原史郎の患者生存曲線が正しいかどうかで、全カルテが弁護団の手に渡り、解析中である。07年3月30日の髙原発表が捏造であったかどうかは、次回公判で明らかにされる予定である。このように患者裁判も少しずつ原告有利に展開し始めている。 # by shufukujin-report | 2011-01-25 14:29
病腎移植と日本臨床腎移植学会:臨床研究演題却下事件を考える(2)
鹿鳴荘病理研究所 広島大名誉教授 難波紘二 Ⅲ. 修復腎移植の臨床研究の展開 【「修復腎移植」の禁止と撤回】 「病腎移植」は前述のように、度重なる国際学会発表では高く評価されたが、国内では07年3月30日の髙原史郎阪大教授による「市立宇和島病院の25例の追跡調査結果がきわめて悪い」という、いわゆる「髙原発表」を受けて、翌31日「医学的にも医療倫理的にも受け入れがたい」とする「四学会共同声明」が発表され、すぐさま厚労省はこれを受けて「病腎移植」禁止の方向に動き、1ヶ月間のパブリックコメント聴取を経て、7月12日「病腎移植原則禁止」の局長通達を都道府県及び政令指定都市の首長宛に通達した。 これに対して「病腎移植」の恩恵を受けた患者らは06年12月11日患者会「移植への理解を求める会」を発足させ、「病腎移植」を「修復腎移植」と呼び、この新しい医療行為への理解と普及を図る運動を立ち上げた。 07年に入ると「修復腎移植を考える超党派の議員の会」が活動を始め、この問題について修復腎移植関係者、移植を受けた患者、学会関係者、国外の専門家、厚労省担当官の聴聞を行った。その結果、「修復腎移植」の有効性と安全性について確信を得て、08年12月厚労省に対して「臨床試験」としての再開を認めるように強く勧告した。 他方、すでにNPO法人になっていた「理解を求める会」は修復腎移植の禁止により移植待ち患者が被った「幸福追求権」の抑圧に対して損害賠償訴訟を国と学会幹部を相手取って起こす用意をしていたが、新たな「国家賠償裁判」の発生を恐れる厚労省は、国会議員と患者団体の圧力に屈し、09年1月、先の通達にいう「いわゆる病腎移植は臨床研究として行う以外に行ってはならない」という文言の「臨床研究」の対象疾患は限定しないという追加通達を出した。つまり「小径腎癌」を利用した修復腎移植の臨床研究を全面的に認めたわけである。 【「修復腎移植臨床研究」の開始と経過】 この結果を受けて医療法人徳洲会本部では、「臨床研究計画書(プロトコル)」の作成作業に入った。これには、①プロトコルのデザイン、②研究に必要な症例数の決定、③研究参加施設の選定、④ドナーとレシピエントの選定方法、⑤ドナー及びレシピエントの手術場所、⑥レシピエントの治療と追跡の場所と方法、⑦「臨床計画」の登録場所の選定など、膨大な事務調整と書類作成の作業を必要とした。出来上がったプロトコルは、①厚労省、②大学医療情報ネットワーク(UMIN)、③米国NIH臨床試験ガバナンスへの登録を経て、09年12月にやっと実施体制に入り、暮れの12月30日やっと臨床試験第1例(第三者間)が実施された。 当初徳洲会は、「5年以内に第三者間及び親族間の修復腎移植各5例の実施を目指す」計画であったが、10年3月3日に行った50歳代妻(小径腎癌)から50歳代夫(糖尿病性腎症のため人工透析中)への腎移植において、移植手術と生着には成功したものの、入院中の5月16日に早朝ベッドで急性心停止して死亡しているのが発見された。患者はヘビースモーカーであり、高血圧と不整脈があった。第三者間移植の場合であれば、レシピエントの適応にならないケースであり、「夫婦間移植」は免疫学的には第三者間移植に他ならない。にも関わらず移植が実施されたのは、妻に腎癌が見つかり透析中の夫に腎臓を提供したいという強い要望を 抱いて北九州市から宇和島を訪れたからである。 この事件後、「親族間修復腎移植」計画は中止されている。 第三者間移植については、その後、いずれも小径腎癌について、 第2例:4月6日、ドナー50歳代男性、レシピエント50歳代女性 第3例: 4月27日、ドナー70歳代男性、レシピエント60歳代女性(2度目の修復腎移植) 第4例: 7月24日、ドナー60歳代男性、レシピエント60歳代女性 第5例: 8月25日、ドナー60歳代男性、レシピエント50歳代女性 と実施され、手術はすべて成功しドナー、レシピエント共に社会復帰を果たしている。徳洲会プロトコルが「5年」と見積もった予定期間は、たった9ヶ月で達成されたのである。 このことは日本における腎癌の年間発生数とそれに占める直径4cm以下の「小径腎癌」の割合をもとに推計すると、「小径腎癌は年間2000例以上発生しており、これらを腎移植に利用すれば数年間で日本臓器移植ネットワークに登録している移植待ち患者を一掃できる」という雑誌「医学のあゆみ」での著者らの主張を支持するものである。 【ユニークなレシピエント選定】 このプロトコル実施に当たっては、東京西徳洲会病院(東京都昭島市)に移植事務室並びに倫理委員会が設置され、それぞれ泌尿器科医で琉球大学名誉教授の小川由英氏、心臓外科医で元筑波大学教授の三井利夫氏が統括した。 この中央委員会ではドナー及びレシピエントの適格性について医学的・倫理学的審査を行い、その結果をドナーに関してはドナー担当病院に、レシピエントに関しては、移植手術が行われる地元宇和島のNPO法人「移植への理解を求める会」の内部に設置された、5人の委員からなる「外部判定委員会」が中央判定の妥当性をチェックする仕組みを採用した。 この5人には、法学者、弁護士、生体腎移植者、現役移植医・泌尿器科医、元公立病院長が含まれているが、移植術を行う宇和島徳洲会病院関係者は含まれていない。 レシピエントの登録は宇和島徳洲会病院で行われ、腎機能検査を含め健康診断を受けた後、腎移植が必要と判断されれば移植待ち患者リストに登録される。「臨床研究」が始まった初期には、「修復腎移植」が知られておらず、登録者は6人程度であったが、現在では60名近くに増加している。 日本移植学会の理論によれば「がんの腎臓」の移植を受けたわけであるから、レシピエントに何時がんが再発・転移しても不思議ではない。その責任は負いかねる、という理由で患者が居住地の病院で診療拒否に遭う恐れがある。このため術後の患者の管理については、「宇和島徳洲会病院へ通院可能である」という条件が「第一次臨床試験」の5例に関しては架せられた。具体的にはレシピエントは愛媛県内の患者に限る、ということである。 レシピエントの判定は各項目の点数付けで行われ、総点数の高いものが上位になったので、選定項目上、愛媛県居住者は他県に比べて15点という高配点をすることで、この差別化は行われた。 しかし、第一次臨床試験が成功し、第二次臨床試験が始まると、「修復腎移植」の認知度も高まり愛媛県外の協力病院も増え、県外からの移植希望者も増えたため「愛媛県内の患者優先」方針は見直しを迫られている。事実2011年1月12日に行われた通算6例目の修復腎移植では 初めて、愛媛県外(静岡県)の患者に対して移植が行われた。 Ⅳ.学会への演題投稿と理由なき演題却下 【世界初の前向き「臨床試験」】 「臨床研究」の形で小径腎癌を移植に用いた研究は世界初である。Buellら(2005)が報告した14例はシンシナチ大移植腫瘍登録に偶々含まれていた症例の追跡調査である。万波移植(2008)の7例は一定の計画性と方針の下に行われたものではない。同様にNicolら(2008)の49例も数は多いが、経験的に安全を確かめつつ徐々に適応を拡大しており、「前向き(prospective)」の臨床研究とはいえない。 このような世界初の研究は、当然に「医学コミュニティ」の強い関心を呼ぶはずであり、他方担当した医師は利害を共有する「医学コミュニティ」に対して、結果を公表する義務を負う。それが本来の「学会発表」である。 またこの研究では、純粋に医学的問題だけでなく、「多くの希望者の中から誰をレシピエントとして選ぶか」言い換えると「人工透析の苦痛を脱して普通の生活に誰を戻すか」という難しい選択を、NPO法人内の「外部判定委員会」が行った。死体臓器移植に関してはこの選定作業は「日本臓器移植ネットワーク」が行っており、医師も一般人も関与する余地がない。(寺岡 慧現日本移植学会理事長が、脳死判定者でありながら臓器移植実施者となったスキャンダルはあるが。) 従ってこのNPOの外部判定委員会の経験も、腎移植順位優先者をどのようにして決めたのか、死体腎の配分にかかわる移植コーディネーターにとっても、あるいは将来「修復腎移植」の実施を考えている医師にとっても、貴重な情報となると思われる。 学会とはそのような未知の新しい経験の報告があり、十分な学問的議論が行われて、初めて発展するのであり、さもないと「学会栄えて、学問滅ぶ」ことになりかねない。 冬の時期に開かれる腎移植関連学会は「臨床腎移植学会」しかない。今年の学会長は兵庫県立西宮病院市川靖二副院長で、宝塚市の宝塚ホテルで「第44回」の学会が1月26日から28日までの3日間予定されていた。この学会は医師のみの学会ではなく、看護師やコーディネーターなどいわゆるコメディカルの参加と演題発表を認めている。演題申し込みの締め切りは10年9月25日であった。 【医師側の演題応募と却下】 まず「臨床研究」の演題だが、これは研究総括者の小川名誉教授が筆頭となり、以下のような抄録をまとめ、電子メールで投稿した。 「修復腎移植に関する臨床研究(中間報告) 小川由英 東京西徳洲会病院 小林智治 東京西徳洲会病院 小島啓明 宇和島徳洲会病院 万波廉介 宇和島徳洲会病院 北島敬一 鹿児島徳洲会病院 西 光雄 香川労災病院 光畑直喜 呉共済病院 万波 誠 宇和島徳洲会病院 【背景】1991年~06年に42件の修復腎移植が実施された。医学的に妥当性がないと中断。「植臨床研究に際し、対象疾患については特段制限していない」と厚生労働省からの通知を受け、臨床研究の準備に入り、2009年7月に徳洲会グループ共同倫理委員会において小径腎腫瘍を対象とした修復腎移植臨床研究(第三者間生体腎移植)が承認、米国ClinicalTrials.Gov、大学医療情報ネットワーク(UMIN)、日本医師会治験促進センターへの臨床研究に登録、2009年10月よりレシピエント登録開始。 【目的】小径腎腫瘍(<4 cm)にて摘出された腎を用いた修復腎移植の有用性、安全性を評価 【進行状況】ドナーは年齢51-79歳 男性5、A型1、B型2、O型2名、RENAL scoreは6-7であった。現在までに56名が修復腎移植レシピエント登録(待機中2名死亡)。男性39名、女性15名。年齢31-83歳(平均58.7歳)、血液型A型24名、B型6名、O型19名、AB型5名。2009年12月30日に第1例手術実施、20010年9月現在までに第三者間5例、親族間1例の修復腎移植が宇和島徳洲会病院にて実施、経過観察中。現在のCREは0.77-3 mg/dlで、拒絶反応は合計4回経験した。修復腎臨床研究の概要を紹介し、詳細な臨床経過について報告する。」 この抄録には「親族間移植」の1例が死亡したことが書いてないが、それは口頭で述べる予定だったと思われる。合計4度の拒絶反応が起きており、第三者間移植の難しさを物語るが、血中クレアチニン(CRE)値は0.77-3と正常またはほぼ正常域にある(正常値男性1.2,女性0.7)。 臨床試験そのものの公開も、厚労省への届け出ではもちろん、米国NIHの「臨床試験統括委員会」、東大のコンピュータを利用した「大学医療情報ネットワーク」、「日医の治験促進センター」に登録されている。 研究目的は「小径腎癌を用いた腎移植が死体腎、健康腎を用いる腎移植の代替治療法となるかどうか」であり、5例では症例数が不足のため「中間報告」となったものである。「臨床研究」そのものは、法的に適正な手続を踏んで行われており、関係者の誰もこれが却下されるとは思わなかった。 しかし主催者側は10月30日にプログラム委員会を開催し、個々の演題を審査した結果として、この演題を却下した。その通知は学会長名で行われ、不採用の理由は不明である。 【NPO側演題の応募と却下】 上述のようにNPO(特定非営利活動法人)「移植への理解を求める会」では、レシピエント選定の作業経験をまとめて、次のような演題を応募した。 「修復腎移植における当NPOの関わりと今後の活動について 野村正良 特定非営利活動法人 移植への理解を求める会 河野和博 特定非営利活動法人 移植への理解を求める会 向田陽二 特定非営利活動法人 移植への理解を求める会 仲田篤敏 特定非営利活動法人 移植への理解を求める会 修復腎移植は2009年1月厚生労働省ががんを含め対象疾患に制限を加えないとの見解を示したことが後押しとなり、医療法人徳洲会が第三者を対象とする修復腎移植の臨床研究を実施し、2010年8月までに当初実施計画の5例を宇和島徳洲会病院において実施した。NPO法人移植への理解を求める会は徳洲会との協議を経て、第三者として当該臨床研究におけるレシピエント選定の適格性を判断するため、法人内にレシピエント選定確認委員会を設置し、徳洲会の倫理委員会等の審査機関を経たレシピエント選定を第三者として移植実施以前に確認を行ってきた。レシピエント選定確認委員会は学識経験者、腎移植医、内科医、弁護士、患者団体代表者の5名の医院で構成し、修復腎移植に係るレシピエントの移植候補者の選定に関する確認について、臨床研究に係わる移植事務室から依頼があった場合に、その確認を行っている。演題では当該臨床研究のドナー発生からレシピエント選定、移植までの過程についてその概要を示すとともに、臨床研究における特定非営利法人の関わりについて述べる。また、当NPOは当該臨床研究の拡充のため、特区申請として、「特区修復腎移植ネットワークの構築による臨床研究の推進」を要望事項として申請した。演題ではその内容を示し、腎移植関係者に修復腎移植の推進に理解を求めたい。」 この演題が示すことは、日本で初めて腎移植においてレシピエントの選定作業に、腎不全と人工透析の苦しさを知る患者が積極的に、もっとも妥当なレシピエントを選ぶという作業に加わったという点である。患者、医師、弁護士、学識経験者が一緒になってレシピエントを選定する(実際には本部の選定の妥当性を検証する)というようなことは、日本の移植医療に歴史にかつてなかった画期的なことである。従って、この方法への賛否はともかく、十分に学会の演題として取り上げるに値するものと思われた。 実際、市川会長もこの演題を採用する予定であったことは、10月8日付メールで「学会抄録集」に掲載する筆頭発表者(この場合は野村氏)の顔写真の送付を依頼していることでも明らかである。 ところが11月17日になって「10月30日に開催されたプログラム委員会において審査の結果、貴演題は不採用になった」という市川会長からのメールが届いた。不採用の理由は明らかにされていない。 【演題不採用はなぜ不当か】 06年に表面化した「病気腎移植」問題において、移植学会幹部はさまざまな批判を行ったが、その一つに「こういう新しい医療を学会に報告することもなく、秘密に行って来たのがけしからない」というのがあった。 事実はそうではない。動脈瘤の腎臓移植もネフローゼ腎の移植も、1973年発足以来、毎年開催されてきた「中四国腎移植懇話会」という地方会で発表されている。臨床腎移植学会には60名の医師評議員がいるが、中四国所属6名のうち3名は懇話会の発表を視聴しており、「病腎移植」について認識していた。 「発表しなかったのがけしからない」というから、病腎移植42例の成績をまとめて、07年2月に、5月開催(サンフランシスコ)予定の「全米移植外科学会総会」演題として応募し、採用されると、日本移植学会理事長田中紘一は、メイタス会長宛に「警察が事件として捜査中であり、病理学会を含むいくつかの学会が共同声明を発表する予定であり、貴学会の演題として相応しくない」として却下するように求める公式の手紙を送った。宇和島腎臓売買事件の判決は06年12月に下りており、警察は「病腎移植」に事件性があると考えておらず、捜査していなかった。また、3月末に予定されていた「共同声明」に日本病理学会は参加しない決定をすでに下していた。 このような虚偽を並べ立てた手紙を送り、メイタス会長を動揺させることで、演題発表の妨害を行ったのである。この日本免疫学会の公式書簡用紙にタイプされた、脅迫状まがいの手紙はすぐにスキャナーで読み取られて全米の要所に配布され、日本の病腎移植推進派にも届いた。「君の意見には反対だが、その発表を妨害する奴がいたら、生命をかけて阻止する」というのがアメリカ民主主義の根底にある。田中書簡の圧力に動揺し、「本演題は時期尚早であり、来年の学会に再応募することを薦める」という理由で、最終的に演題を却下したメイタス会長をアメリカ人は「腰抜けメイタス」と侮蔑的ニックネームで呼んだ。 このメイタス却下でもその理由は明らかにされていた。一般的に学会の演題却下や雑誌投稿の論文を却下するに際して、その理由を説明するのは学会や雑誌編集部に要求される礼儀である。だが、S紙の記者の電話取材に対して市川学会長は「不採用の理由を説明しないのは、国際的ルールである」と虚偽の説明を行ったという。 仮に演題に手法の上で、あるいはデータからの結論の導き方に問題があるとしても、それを演題として取り上げ、相互批判するのが学会の役割であり、それが開かれた学会というものである。特定の演題を狙い撃ち的に排除するのは、学会そのものが特定の党派であることを宣言しているに等しい。 【二つの演題はなぜ、どのように排除されたのか】 この学会のプログラム委員会は30人であり、その構成は医師26名、看護師2名、移植コーディネーター2名となっている。医師委員が異常に多く、看護師部門、コーディネーター部門の演題選択を独自に行うには、それらの部門の委員数が足りない。 従って10月30日に開催されたプログラム委員会では、部門毎に事前チェックされた19の問題ありとされた演題が全体会議にかけられた。この委員会には、委員だけでなく市川会長と高橋公太理事長が出席していた。つまり純粋な「プログラム委員会」ではなかった。 学会抄録集には学会の年度毎の演題総数の一覧表が掲載されており、この総数が多いほどその学会は盛会であったと見られている。従って、学会長はできるだけ多くの演題応募があることを望むもので、わざわざ演題を審査し却下することはしない。プログラム委員会の仕事は、類似演題をまとめて一つのセッションとし、招待講演、教育講演、シンポジウムなどの特別枠の間にはめ込む作業である。 それなのに今回の臨床腎移植学会では演題採択権をプログラム委員会に付与している。 事前チェックを受けた19演題のうち16演題は大きな反対がなく、ほぼすんなりと採用が決まったが、残り3演題が問題となり、最終的に却下となった。このうち2演題が「修復腎移植」に関するものである。 プログラム委員会には髙原史郎阪大教授(修復腎移植患者訴訟の被告)、吉田克法奈良医大透析部助教授など修復腎移植反対派も加わっていた。これに「四学会共同声明」に加わった高橋公太理事長が参加したのであるから、「演題に発表の場を与えるべきだ」とする良識派の意見は押さえ込まれてしまった。高橋理事長は「上部団体の日本免疫学会がその倫理指針において小径腎癌の移植を禁止している以上、下部団体である本学会はこの倫理指針に反する演題を採用するわけに行かない」という主張を展開し、髙原、吉田らの支持を得て、2演題却下を多数決で可決したようである。却下された他の1演題については、状況が不明である。 # by shufukujin-report | 2011-01-25 14:24
病腎移植と日本臨床腎移植学会:臨床研究演題却下事件を考える(1)
鹿鳴荘病理研究所 広島大名誉教授 難波紘二 【要約】来る1月26〜28日に宝塚市で開かれる第44回日本臨床腎移植学会の演題募集に際して、修復腎移植5例の医学的要約を行う演題と最適なレシピエントの選択を担当したNPO法人の判定委員会の経験を述べた演題の2演題が、狙い撃ち的に却下されるという前代未聞の事件が起こった。採否を決めたプログラム委員会には学会理事長が出席し、却下を主張したという。 演題の質が低かったからではないことは、医師側演題が5月開催の「米国泌尿器科学会総会」に採用されたことからも明らかである。発表の阻止が却下の目的である。 この事件は、「臨床試験」の自由という医学の進歩・学問研究の自由と密接にからんでおり、日本の患者の福祉を阻害する要因がどこにあるかを明白に示している。 日本移植学会も日本臨床腎移植学会も、法人化していない「任意団体」にすぎず、厚労省が認可した「臨床試験」の結果発表を妨害する権利などない。日本移植学会は07年と08年に定めた倫理規定と生体腎移植ガイドラインを違法なものとして、早急に改訂すべきである。 Ⅰ.臨床腎移植学会とは何か 【日本「臨床」腎移植学会の歴史】 「日本臨床腎移植学会」という学会がある。腎移植は臨床的医療行為として行われるのだから、屋上屋を重ねるような名称だが、もともと1969年に「腎臓移植臨床検討会」として少人数のグループが温泉宿に泊まり込み、かみしもを脱いで浴衣がけで日本の腎移植をいかに普及させるかを熱心に議論したのが始まりで、1991年に「検討会」を「研究会」に改め、2003年になって「日本臨床腎移植学会」と名称変更したものだ。 「日本移植学会」が発足したのは1965年だが、腎移植に関してはそれ以前に1956年の新潟楠移植、1964年の東大第二外科生体腎移植、65年の京都府立医大死体腎移植と何例も実施されている。今に尾を引く「和田心臓移植」は1968年夏のことである。 この「検討会」を提唱し、一貫して支え続けたのが、学園紛争の東大を飛び出し東京女子医大に新天地を求めた太田和夫である。腎移植・人工透析の技術及びシステムの開発に尽力し、死体腎ドナーのネットワークの整備にも力を注ぎ、「臓器移植法」成立(1997)にも協力した。 が、明らかに内部告発に基づくと見られる「読売」の「欠陥US腎」輸入問題で失脚させられた。97年3月の定年退職後も「太田医学研究所」開設し、主として腎移植登録と統計作成という地道な作業を引き受けていたが、大腸がんを発症し、2003年の「学会化」に伴い事務局機能をかつて女子医大の助教授だった、新潟大学の高橋公太に引き継いだ。 太田の活躍の場であり、今も腎移植数で日本一の実績を持つ東京女子医大に、事務局が残らなかったのには、理由があるが推測になるので避ける。 【病腎移植事件と臨床腎移植学会】 これまで「日本移植学会」の中の分科会にすぎなかった「臨床腎移植学会」が、急に脚光を浴びる契機となったのは2006年11月に表面化した「病腎移植」事件である。移植学会は、「第三者間移植は移植学会倫理委員会を通す」という規定に違反しており、「がんの腎臓の移植は禁忌中の禁忌」であるとし、関係病院に調査委員を派遣し調査に当たるとともに、厚労省に働きかけてこれを禁止した。そのために07年3月31日に「移植学会・泌尿器科学会・腎臓学会・病理学会」の「4学会共同声明」を予定していた。この声明を受けて、厚労省が禁止の局長通達を出すてはずとなっていたのである。 ところが3月初めの日本病理学会理事会は、共同声明への参加を正式に拒否した。病理学的調査を行った3人の委員の誰も「腎癌の再発」を認めなかったのである。移植した臓器ががん化するのは小腸移植のような特殊な場合で、レシピエントに発生する癌はほとんどすべてレシピエントの細胞由来であることは、病理学的常識である。 昨年11月の病理学会(小倉市)で慶応大の向井萬起男助教授と朝食を共にした。宇宙飛行士向井千秋さんの夫である。開口一番「移植学会の連中は、腎癌が移るなんてバカなことをいうから、笑ってしまうよ」と彼は言った。向井君の話によると、移植医には驚くほど免疫学の基礎知識も、がんの基礎知識も欠けているという。慶応大の病理診断部に籍を置いているだけに、十分な経験に裏打ちされた発言だと思う。 同じような意見は、今回の「臨床腎移植学会」の招待講演者になっているハイデルベルグ大学移植免疫学オペルツ教授からローマの学会で聞いた。07年6月のことだ。「通常の免疫抑制剤は臓器拒絶にからむT細胞系は抑制するが、癌細胞を殺すNK細胞は抑制しない。だから仮に小さながんが移植時に持ち込まれても、NK細胞により破壊されてしまう」。それが彼の説明だった。 後付けの説明になるが、病理学会理事会は正しい決定を行ったのだ。少なくとも今春、創立100周年を迎える「日本病理学会」の歴史に汚点を残さなかったといえよう。 病理学会が参加を拒否したことで、数合わせのために急遽声がかかったのが「臨床腎移植学会」である。通常このような重要事項は理事長(高橋公太)だけでは決められず、常任理事会あるいは理事会、場合によっては評議員会の決定が必要になる。事実「日本腎臓学会」は理事会の議決を経ていないからという理由で当日の参加を保留している。従って3月31日(学会役員の任期満了日)の共同声明に正式に参加したのは「日本移植学会、日本泌尿器科学会、日本臨床腎移植学会」の3団体である。腎臓病学会は5月の理事会の後で正式に参加した。このことを正確に書いたのは「産経」だけで、他紙はすべて「日本腎臓学会」を入れて「四学会共同声明」と書いた。 【法人格のない学会】 07年6月以後、小径腎癌を用いた第三者間腎移植がオーストラリア・クイーンズランド州ブリスベーンで50例近く実施され、その成績が極めてよいことが日本で報道された。(ニコル移植) ニコル教授の論文は英国の専門誌にも発表された。42例の日本の万波移植もヨーロッパやアメリカの学会で報告され、好意的に評価をうけ、08年1月にはフロリダの「全米移植学会冬のセミナー」で優秀論文トップ・テンの一つとして表彰された。 これらの影響を受けて、カリフルニア大学サンフランシスコ校やマリーランド大学でも小径腎癌を用いた移植術が始まった。ニコル教授はその後ロンドンのユニヴァーシティ・カレッジ病院に移っており、英国でも修復腎移植が始まっている。 こうした世界の動きを無視して、日本の「臨床腎移植学会」は「病腎移植」(修復腎移植)をあくまで阻止しようとしている。その方策として彼らが採用しているのが、「学会に演題を発表させない」、「腎移植認定医制度を設け、修復腎移植をする医師を認定医から排除する」という二つの方法である。 この問題を掘り下げる前に、「日本移植学会」と「日本臨床腎移植学会」の「日本医学会」における位置ならびに法的位置について見ておこう。「日本医学会」は日本医師会の学術面を担当する学会で、正式に認可された学会はその「分科会」として位置づけられている。現在の会長は高久史麿である。日本医学会所属団体はグーグルで「日本医学会」を検索すると、その認定番号と「法的人格」の有無がすぐに一覧できる。 それによると「日本移植学会」は番号79、会員数3,100名、理事長寺岡 慧、日本医学会評議員寺岡 慧、法人格なし、認定・専門医制度なし、となっている。ちなみに「日本病理学会」は番号6、会員数4,100名、理事長青笹克之、日本医学会評議員青笹克之、法人格=社団法人、認定・専門医制度あり、となっている。 ところが問題の「日本臨床腎移植学会」は「日本医学会」に加盟しておらず、法的人格もない。理事長が新潟大学高橋公太で、事務局は京都府立医大移植・再生外科に置かれており、会員数は約1500名である。法人格がない点では「日本移植学会」も同様である。社団(結社)であって、法人格を持たないものを「権利能力なき社団」という。「任意団体」とも称する。営利を目的とする会社は商法の規定に基づいて登記すれば容易に法人となれるが、学会のように公益を目的とするものは民法の適用を受け、監督官庁の許可が必要である。 歴史の長い「日本移植学会」が「日本医学会」分科会であるにもかかわらず、未だに社団法人になっていない理由は不明だが、「移植専門医制度」を持っていないことに注目する必要がある。このことは日本おいて「移植専門医」がシステマティックに養成されていないことを意味する。外科医もしくは泌尿器科医がたまたま必要性に迫られて、肝臓や腎臓などの移植を手がけているだけで、養成にあたって視野の広い、基礎免疫学や免疫抑制剤などについての教育を受けていないことを示している。上述の向井発言やオペルツ・コメントは、このことを支持している。 ちなみに「病理専門医」の場合は、筆記及び実技(顕微鏡診断)の試験制でこれは相当高度の問題が出る。さらに受験資格において一定の病理解剖経験数、生検標本診断数、細胞診経験数、全国及び地方の学会への演題発表数・参加回数がチェックされる。同時に所属する施設から報告された年度別の病理解剖数、生検数、細胞診件数との照合が試験委員会で行われる。コネや情実の入る余地はまったくない。受験希望者は、皮膚、血液、脳など一般病院で経験する機会が少ない分野については、研鑽のために各地で開かれるセミナーに自主参加している。 病理学会はこのような制度で現在約2,000人の現役病理専門医を確保しているが、不足が喧伝されている小児科医よりもはるかに不足している。08年に「病理診断科」が標榜科として認定されたことから、全国で病理志望の研修医・大学院生は増加傾向にあるが、その効果が医療現場に現れてくるのはなお数年先のことである。 Ⅱ.腎移植認定医とは何か? 【権利能力なき集団による「腎移植認定医」制度設定】 「日本臨床腎移植学会」は任意団体であり、「権利能力なき社団」である。それが「腎移植認定医制度」制度を発足させたのは、厚労省がいわゆる「病腎移植」を禁止し、これを保険診療からはずした07年秋のことである。 「四学会共同声明」への参加でスポットの当たった「臨床腎移植学会」は2003年から「日本移植学会」内部で検討されていた「移植専門医」制度の検討を打ち切り、「腎移植認定医」制度を独自に発足させることを決め、理事会決定を経て07年2月の第43回日本臨床腎移植学会(学術会長、京都府立大吉村了勇)の総会で制度発足を決めた。 専門医制度発足に際しては、これまでに十分専門医としての実績のある医師と未経験な医師を同一の試験制度で扱うわけに行かず、経験者を優遇する「経過措置」と「新規認定」の二ステップに分かれるのが通常であり、この場合も07年9月から4年間の年限をかぎって「移行措置」が開始された。10年度9月受付分で移行措置は終了し、11年度からは「認定細則」が適用される。 「腎移植認定医」の実態とレベルは次項で詳しく検討するが、ここでは経過措置の場合も、新規認定による場合も、認定医の有効期間は5年であり、いずれの場合も審査料2万円、登録料2万円の合計4万円を払わなければならないことになっている。つまり認定医であり続けるためには5年ごとに4万円を支払わなければならない。年会費は5000円だが、学会誌を発行しておらず、学会参加費は1万5000円であるから決して安くはない。 これだけの金銭的負担を行って「腎移植認定医」となって、何かメリットがあるかというと実はまったくない。10年7月の「改正臓器移植法」施行を前に、厚労省は死体腎移植の保険点数を上げ、家族間移植を主体とする生体腎移植の保険点数を従来の半分に減額し、政策的に死体腎移植の普及を誘導している。「腎移植認定医」となっても儲かる死体腎はほとんどなく、生体腎移植が中心であるから、こういう腎移植を行っても病院での評価は上がらないのである。 また日本医学会の分科会でもなく社団法人でもない「権利能力なき社団」が作った制度を厚労省の役人が評価し、保険点数上でドクターズ・フィーを認めて優遇するというような事態も考えにくい。このような制度をあえて07年2月の総会で発足させることを決めた理由は、「病腎移植関係者を排除する」という意図があったとしか考えられない。 現に「認定医制度委員会委員長」の相川 厚は、「2006年10月、腎臓売買事件に端を発した病腎移植問題、そして渡航移植など多くの問題を抱える日本においては今まさに必要とされる制度であります」と、その制度発足説明文の中で述べている。語るに落ちるとはこのことだろう。 しかし多くの泌尿器科医が、日本臨床腎移植学会が「権利能力なき社団」であり、日本医学会の分科会でもないことを知らない。ただ漫然と「腎移植をやる以上、関連学会だから入っておこう」と考えているようである。 【「腎移植認定医」のうさん臭さ】 名前は実を表すものでなくてはならない。「腎臓移植認定医」と言われれば、素人はだれでも腎移植のプロフェッショナルだと思うだろう。ところが学会の「移行措置」を読むと、「臨床腎移植学会」へ3年以上の加入歴と、内科認定医または専門医、小児科認定医または専門医、外科認定医、専門医または指導医、あるいは泌尿器科専門医の資格があれば、内科医でも小児科医でも、外科医でも「腎臓移植認定医」の資格が簡単に取れてしまうのである。 1) 経過措置:ここでは新規加入者も会費を3年分遡って支払えば、「3年以上の加入歴」と見なすと書かれている。 次に業績だが、論文と学会もしくは研究会発表数が合計で3以上あればよいことになっている。論文は筆頭者である必要はなく、学会/研究会発表のみの場合は、1個は筆頭であることが要求されている。 3番目は診療実績で、これは外科系と内科系に分かれている。 まず一番重要な外科系だが、腎臓のドナー、レシピエントの手術経験が各5例以上それもドナーに関しては助手であってもよく、10例を経験するのに要した期間も問題にされていない。 要するに腎移植を自ら5例以上行っていれば、認定医になれるのである。 内科系はどうか。まず第一は、移植後に生じる腎機能障害を人工透析、腹膜透析、血漿交換などで治療した経験で、3例が要求されている。ついで免疫抑制剤の使用経験で、同じく3例。三番目が術後内科合併症の治療経験で、これも3例。その次に来るのが、思わず笑ってしまうが、「腎移植手術の見学」2例。 最後に非常に深刻なのは、「移植腎生検の診断」5検体である。これは腎臓内科医あるいは小児科医が、拒絶反応の有無の病理診断を行っていることを意味している。08年に「病理診断科」の標榜が認められ、すべての病理標本は病理診断科で一元的に診断するようになったのに、まだ内科系の病理診断を認めているのである。病理医にまかせれば、移植された腎臓内に浸潤しているリンパ球を免疫酵素抗体染色法でどのT細胞かを染め分けて、非特異的な炎症反応か拒絶反応かを容易に区別することができる。 2)新規認定:通常の場合、大先輩がいるので認定制度の移行措置は基準が緩やかで、新規認定になると筆記試験が導入され、認定医になるのが難しくなる。これは認定医制度そのものが良質の専門医を育成することを目的としているからそうなる。相川委員長も挨拶では「腎移植認定医制度は腎移植の臨床の質を担保し、倫理的に正しい腎移植の発展を期するものであり、腎不全患者さらには一般国民の福祉に貢献するものであります。」と述べている。 では本当に新規認定の「腎移植認定医」は「腎移植の臨床の質を担保する」ものになっているのだろうか? 11年度から始まる「新規認定」にかかわる「日本臨床腎移植学会認定医制度細則」を見てみよう。 第5条に「認定医申請資格」が書かれているが、日本国の医師免許があるのは当然として、他の3項目は1)申請時に3年以上継続して学会員であること、2)内科系は通算1年以上、外科系は通算3年以上の腎移植医療の臨床修練を行い、必要な経験と学識技術を修得し、かつ医療倫理を遵守していること、3)総会に1回以上の参加かつ総会教育セミナーに1回(2単位)以上の参加があること。総会教育セミナーに参加が不可能な場合は1日集中セミナー(2単位)以上の参加で代用できる、となっている。さらに第7条で「試験は口頭試問で行う」と規定されており、筆記試験はない。試験委員数は10名である。 重要なことは「移行措置」で必要とされていた他学会の「専門医」または「認定医」資格が必要とされていないことである。 これはとんでもない制度である。「移行措置」の方はそれでも各学会の専門医または認定医の資格を前提として、論文・学会発表数、手術件数などクリアすべき具体的数値が明示されていた。新規認定の場合は他学会の専門医や認定医である必要はなく、内科系で1年、外科系で3年の臨床研修をすれば、基本的に「腎移植認定医」の申請資格が得られ、申請書類を出せば試験は口頭試問で行うというのであるから、これは「認定医のダンピング」としか言いようがない。 聞くところによると日本移植学会の会員数は、08年の新規入会者82名に対して脱会者が403名もあり、300人以上の純減があったという。団塊の世代が現役を引退すると学会の会員数は急減するが、学会自体に魅力がないと、新入会員は増えず会員総数が減少に向かう。 移植学会で起こっていることは、「臨床腎移植学会」でも起こっていると見るのが妥当であろう。1500人の会員の大半が50代の後半以上なのではないか。学会への出席が異常に強調されていることを合わせ考えると、「認定医制度」は「臨床の質の担保」などというものではなく、学会員の確保と「認定医」という称号をばらまくことで、5年に1回4万円の更新料を確保する方策ではないかとさえ疑念を抱かせる。 もっと言えば2003年から日本医学会分科会である「日本移植学会」内部での「移植専門医」の議論が、臓器別分野の利害が錯綜してまとまらない状況を、06年11月の「病腎移植」事件を奇貨として、年間約1000件ある腎移植のみを対象に、この分野だけの先行設置に踏み切ったというのが「腎移植認定医」制度の本質であろう。 修復腎移植訴訟 第7回口頭弁論 11月2日(火)松山地裁 自家腎移植は ほとんど行われていない実態が判明 被告ら3病院はゼロ 修復腎移植訴訟の第7回口頭弁論が、11月2日(火)午後1時30分から、松山地方裁判所で開かれました。 先の第6回口頭弁論で、争点となっていた争訟性の有無について、裁判長が「最終的には判決で判断するが、今後は実体的な審理を進めていく」とし、今回から実質的な審理が始まったことになります。 今回の裁判で注目すべき点は、万波誠医師らの修復腎移植に対して、学会幹部らは、「他人に移植できるのであれば、もとに戻すべきである」と、他人への移植よりもいわゆる自家腎移植をすべきだったと万波医師らを強く非難しましたが、その学会幹部らが所属していた大学病院の実態が明らかになったことです。 裁判所が関係の各大学病院に対して提出を求め、提出された資料によると、 1999年度から2008年度の間、 京都大学医学部附属病院泌尿器科(被告田中教授)、 東邦大学医学部附属病院(被告相川教授)、 大阪大学医学部附属病院(被告高原教授)、 においては、自家腎移植はいずれも0(ゼロ)であったことが判明しました。 この学会幹部3被告らの関係病院は、自家腎移植を行っていなかったわけですから、少なくとも、万波医師をはじめとする他の移植外科医に対して、自家腎移植をすべきだとは言える立場にないはずです。 なお、5大学病院全体では、 腎細胞癌を原因とする腎摘出手術症例数2140件 内、腎癌を疾病とする自家腎移植症例数 12件 自家腎移植症例数割合 0.56%であり、自家腎移植ということ自体が、極めて一般的ではない稀な手術であるということがわかると思います。 従って、修復腎移植問題が発覚した当時、「他人に移植できるのであれば、もとに戻すべきだった(自家腎移植をすべきだった)」旨の非難を行った学会は、自家腎移植ということ自体が、修復腎移植が行われていた当時極めて一般的ではない稀な手術であったにもかかわらず、それを知ってかあるいは知らずか、いずれにしても、きちんとした根拠に基づかない恣意的な批判を繰り広げていたことになるはずです。 次に、被告高原教授が生着率が悪かったと非難した市立宇和島病院の修復腎移植25名分のカルテについて、その提出を裁判所に求めたのに対し、現在13名分のカルテしか提出されていません。 12名分のカルテが出ないのであれば、高原教授が分析した手持ちの基資料を裁判に提出すべきだ・・・との声も上がっています。そうでなければ、高原教授は、はたして何に基づいて25名分の分析を行ったのでしょうか・・・。ということになります。 今後の公判で、学会側声明の信ぴょう性の有無が引き続き明らかになると思います。 平成20年(ワ)第979号損害賠償請求事件 原 告 野 村 正 良 外6名 被 告 大 島 伸 一 外4名 準備書面(9) 2010年10月29日 松山地方裁判所民事第2部 御中 原告ら訴訟代理人 弁護士 林 秀 信 弁護士 岡 林 義 幸 弁護士 薦 田 伸 夫 弁護士 東 隆 司 弁護士 光 成 卓 明 弁護士 山 口 直 樹 1 被告らが修復腎移植の問題点として、「移植できる腎臓なら、摘出後に修復して患者に戻す手術(自家腎移植)をすべきである。」と発言していることに対し、原告らは、自家腎移植はリスクが高く、実際の医療ではほとんど行われていないし、また、可能であっても患者の希望により自家腎移植しないで腎臓を摘出する場合があるので、これら被告の発言は、虚偽の発言(事実と異なる発言)であり、違法行為に該当する旨主張している。 2 原告らは、平成22年1月12日付調査嘱託申立書において、原告らの主張を立証し、ほとんど自家腎移植が行われていないことを明らかにするため、先進的医療を行っていると推察される被告らが所属し、あるいはかつて所属していた大学病院に対し、調査嘱託の申立を行った。 3 調査嘱託先の各大学病院からの回答結果をまとめたものが、別紙「腎細胞癌を原因とする腎摘出手術症例数、自家腎移植症例数および内、腎癌を疾病とする自家腎移植症例数一覧表」で、1999年度から2008年度の間、京都大学医学部附属病院泌尿器科、東邦大学医学部附属病院、大阪大学医学部附属病院においては、自家腎移植(腎摘出の原因として腎細胞癌以外を含む。)自体、症例数はいずれも0(ゼロ)であった。 自家腎移植の実績がある名古屋大学医学部附属病院および東京女子医科大学病院においても、名古屋大学医学部附属病院では、自家腎移植症例数(腎摘出の原因として腎細胞癌以外を含む。)は13(なお、腎細胞癌を原因とする腎摘出手術症例数342中、自家腎移植症例数は4)、東京女子医科大学病院では、自家腎移植症例数(腎摘出の原因として腎細胞癌以外を含む。)は24(なお、腎細胞癌を原因とする腎摘出手術症例数831中、自家腎移植症例数は8)に過ぎなかった(5大学病院において腎細胞癌を原因とする腎摘出手術症例2140中、自家腎移植症例はわずか12に過ぎず、その割合は、0.56%【12÷2140】である。)。 4 上記3の結果から、被告らの上記1の発言は虚偽で、原告らの上記1の主張が事実であることは明らかとなった。 以上 1999年度~2008年度調査 名古屋大学医学部附属病院 (被告大島) 腎細胞癌を原因とする腎摘出手術症例数・・・342件 自家腎移植症例数・・・13件 内、腎癌を疾病とする自家腎移植症例数 ・・・4件 東京女子医科大学病院 (被告寺岡) 腎細胞癌を原因とする腎摘出手術症例数・・・831件 自家腎移植症例数・・・24件 内、腎癌を疾病とする自家腎移植症例数・・・8件 京都大学医学部附属病院泌尿器科 (被告田中) 腎細胞癌を原因とする腎摘出手術症例数・・・340件 自家腎移植症例数・・・0件 東邦大学医学部 (被告相川) 腎細胞癌を原因とする腎摘出手術症例数・・・338件 自家腎移植症例数・・・0件 大阪大学医学部附属病院 (被告高原) 腎細胞癌を原因とする腎摘出手術症例数・・・289件 自家腎移植症例数・・・0件 5大学病院合計 腎細胞癌を原因とする腎摘出手術症例数 2140件 自家腎移植症例数 37件 内、腎癌を疾病とする自家腎移植症例数 12件 腎細胞癌を原因とする腎摘出手術症例数中、自家腎移植症例数割合 0.56%(12÷2140) ![]()
修復腎移植訴訟 第6回口頭弁論
2010.8.3(火) 平成22年8月3日(火)午後1時30分から、松山地方裁判所において開かれた日本移植学者幹部らに対する患者訴訟の詳細は次のとおりです。 (出席者) 原告4名 原告代理人5名 被告代理人2名 傍聴人約30名 (裁判の内容) 1、本訴訟が「法律上の争訟」にあたるか否かとの判断について、最終判断は判決で示すが、現段階では裁判所は、法律上の争訟性があるものと判断し、実質的審理を進めることを決定した。 従来被告らは、本裁判は原告らが修復腎移植の医学的妥当性を争点としており、それは高度の医学的・専門的問題の適否の判断を裁判所に求めるもので司法審査の限界を超えているので却下(門前払い)判決をすべきであると主張してきた。 原告らは、これに対し原告らの主張は具体的な被告らの発言、発表が違法な不当行為にあたるとしており、医学的妥当性の問題は、その判断に必要な限度・範囲で問題にするにすぎないと主張してきた。 前回の裁判から、原告らはこの点の明確な釈明を行い、今回裁判所もこれを容認して実質的審理を続行することを決定した。 2、原告らの従来からの申立てに対して、次の判断をした。 (1)修復腎移植を受けた病院から転院した患者について、転院先のカルテの取寄せを申立てたのに対し、裁判所は、さらに原告らがその取寄せの必要性を補充して主張するのを待って、検討するとした。 原告らは2010年1月12日付書面で転院先6病院に対し患者12名分のカルテの取寄せを求めていたが、裁判所はとりあえず市立宇和島病院の症例25例に限り、原告側で被告高原が誤った分析をしていることを主張せよと指示した。 しかし、原告らは ①被告高原の「修復腎移植の成績が悪い」との発言、発表の真偽は、修復腎移植42症例の分析にもとづいて判断されるべきである。 ②市立病院25症例についても、その成績の良否は、転院先のデータも判明しないと分析ができないので、その取寄せは必要である。 と考えている。そこで、これらの点の主張を補充して改めて裁判所の判断を求めることになった。 (2)被告5名のそれぞれの出身ないしは所属病院(いずれも一流病院)5病院に対し、各病院で過去10年間に行った自家腎移植数とその対比のための腎癌による腎摘手術数を各病院に対し調査する2010年1月12日付の申立てを採用した。 原告らは被告大島、寺岡が修復腎移植に使える腎臓なら病腎を修理し患者に戻す自家腎移植手術をすべきであると虚偽の発言をしたことが違法行為にあたると主張している。 そこで、現実には自家腎移植は難しい手術であり、ほとんど行われていないことを明らかにするため、本申立てをしていた。 (3)日本泌尿器科学会に対し、過去10年間に行ったアンケート調査(腎癌の手術数、腎全摘術数、部分切除数などの調査)の実施要領や調査結果の回答を求める2010年1月18日付申立てを裁判所が採用した。 この申立ては、被告らが小径腎癌に対する手術は普通の泌尿器科医は部分切除をしている、などと発言したことに対し、これが虚偽であることを証明するため行っていたものである。 (次回第7回裁判) (1)11月2日(火)午後1時30分 (2)予定 今回採用された調査の結果にもとづき被告らの違法行為を明確にするとともに現段階での原告らの入手資料により、修復腎移植の成績が良好であることを明らかにする。 修復腎移植訴訟 第5回口頭弁論・詳細(2) 2010.5.11(火) ![]() 平成20年第979号損害賠償請求事件 原 告 野 村 正 良 外6名 被 告 大 島 伸 一 外4名 準備書面(7) 2010年4月13日 松山地方裁判所民事第2部 御中 原告ら訴訟代理人 弁護士 林 秀 信 弁護士 岡 林 義 幸 弁護士 薦 田 伸 夫 弁護士 東 隆 司 弁護士 光 成 卓 明 弁護士 山 口 直 樹 原告らは、準備書面(2)において、「修復腎移植が治療行為として妥当か否かが本件訴訟の重要な争点であり、原告らとしては、本件訴訟においてかみ合わない議論をすることを望まない」旨主張して本件訴訟の争点を提示した。そして、本件訴訟が提起されて約1年半が経過することから、修復腎移植の治療行為妥当性に関して、これまでの主張・立証を別紙のとおりまとめることとする。 別紙「修復腎移植の治療行為妥当性に関する主張・証拠対照表」 平成20年(ワ)第979号損害賠償請求事件 原 告 野 村 正 良 外6名 被 告 大 島 伸 一 外4名 準備書面(8) 2010年5月7日 松山地方裁判所民事第2部 御中 原告ら訴訟代理人 弁護士 林 秀 信 弁護士 岡 林 義 幸 弁護士 薦 田 伸 夫 弁護士 東 隆 司 弁護士 光 成 卓 明 弁護士 山 口 直 樹 [ 被告ら準備書面(4)について ] 1 被告らは、準備書面(4)において、乙第37及び38号証を根拠として、本件訴えに法律上の争訟性がない旨主張しているので、以下、両書証に沿って、被告らの主張に理由のないことを明らかにする。 2 乙第38号証 ⅰ 乙第38号証は、東京地判平成17年10月26日の判決文である。 被告らは、同判決が、「学問上の見解の当否や評価が「不法行為に基づく損害賠償請求の前提事項となった事件に関し、被告の主張である、これ等の問題は教育の場で議論されるべきものであり、司法審査の対象として訴訟手続に於いて確定すべきものではないとの主張を採用し、『そもそもかかる事情は司法審査の対象として訴訟手続において確定すべきものではない』と明確に司法審査の対象とはならないことを判示している」と主張する。 ⅱ しかるに、被告らの前記判決の引用は誤っている。乙第38号証判決の「事実及び理由」によれば、 ア 乙第38号証判決の事件は、大学入試センター試験の世界史の問題(同事件では日本史の問題についても争われているが、被告の引用する部分は世界史の問題について述べられている部分なので、さしあたり世界史問題についてのみ述べることとする)として、第二次大戦中の「強制連行」についての設問を出題したことについて、これが受験生である原告らに対する不法行為に該当するとして提起されたものである。 イ 同事件の原告らは、①同問題は歴史的事実でない「強制連行」を受験生に押しつけようとする思想チェックの問題であり、②かつ「強制連行」は定義が曖昧で問題自体不適切な偏向した問題なので、③その出題は裁量権の範囲を超え、原告らの思想良心・学問の自由を侵害する、と主張した。 ウ これに対し被告は、①出題は被告の裁量権の範囲内である、②「強制連行」が史実かどうかについての学問上の見解の当否や評価は「教育の場で議論されるべきものであり、司法審査の対象として訴訟手続に於いて確定すべきものではない」、と主張して、請求棄却を求めた。 エ 東京地裁は、 ① センター試験の出題者には一定の裁量が認められる。 ② センター試験の目的は高校段階での基礎的な学習の達成度を判定することにあり、受験生にとって公平かつ公正に実施されることが求められているので、その目的に反するような不合理な問題作成をした場合には、裁量の範囲を逸脱したものとして違法性が認められる。 ③ 「強制連行」は多数の高校教科書で記述されている。本件出題は、受験者が教科書等を用いて学習した知識・理解の程度を判定するべく作成されているにすぎないから、裁量権の逸脱があったとは認められず、センター試験の目的に反する設問ということはできない。 ④ 本件出題の適法性を検討するにあたって、上記教科書の記載内容を離れて、「『強制連行』が史実か否かといった学問上の見解の当否や、評価について検討する必要はないし、そもそもかかる事項は司法審査の対象として訴訟手続において確定すべきものでもない」。 ⑤ 原告らが本件出題に戸惑いあるいは不快感を抱いたとしても、それは単なる主観的感情であり、金銭をもって償われるべき権利・法益の侵害にあたらず、原告らの思想良心・学問の自由を侵害するものでもない。 として、原告らの請求を棄却した。 ⅲ 要するに、乙第38号証判決は、①「『強制連行』が史実でない」という学問的な評価を前提として出題が裁量権逸脱であるとする原告らの主張に対し、②センター試験の「受験者が教科書等を用いて学習した知識・理解の程度を判定する」という目的に照らして裁量権逸脱の有無を判断し、③「強制連行」の学問的当否・評価については検討の必要がなく、かつそれは訴訟手続で確定すべきことではない、と判示したものである。そして、同訴訟では被告は請求に争訟性がないとして却下を求めてはおらず、東京地裁判決も請求に争訟性があることを前提として、「センター試験の目的に反するような不合理な問題作成をしている場合には違法性が認められる」旨判示したうえで、本案の判断をしている。 ⅳ 本件において原告らが判断を求めているのは、準備書面(5)でも主張しているとおり、「修復腎移植の科学的適否」そのものではなく、「修復腎移植を攻撃するために被告らが行った行為が不法行為に当たるか否か」である。原告らは、被告らが修復腎移植を攻撃するために、真実に反する発言等をした、と主張しているので、被告らの発言が真実に反するか否かを判断するについて「修復腎移植の科学的適否」(及びそれについての被告らの認識)は重要な間接事実になるが、「修復腎移植の科学的適否」自体は要件事実そのものではなく、また必ずしもその論理的前提をなすものでもない。 乙第38号証の東京地判は、「『強制連行』が史実か否か」という学問的な評価は、当該事件においてはセンター試験の目的に照らして問題出題の裁量権逸脱の存否を判断するための要件事実ではなく、またその論理的前提をなすものでもないと解して、請求に争訟性があることを前提にして本案の判断をしているものである。 従って、上記東京地判は、①被告らの主張の根拠になるものでないのみならず、②むしろ、「『修復腎移植を攻撃するために被告が行った行為が不法行為に当たるか否か』を判断するについて、『修復腎移植の科学的適否』は、重要な間接事実ではあるけれども、要件事実そのものではなく、また必ずしもその論理的前提をなすものでもないから、訴訟要件とは関係がない」とする原告らの主張を支持するものと言える。 2 乙第37号証について ⅰ 乙第37号証論文は、91Pにおいて、 ア 東京地判昭和23年11月16日(学位請求の取扱いにかかわり名誉を毀損されたとして謝罪文の掲載等が請求された事例)が、原告が被告の「回答又は答弁によって不快の念を生じたとしても、それは学問上の見解の相違から生じたに外ならず、被告等が原告の名誉を毀損したことにはならない」。もし特定の学説上の見地から「右処置の当否を判断するとすれば必然的にそれぞれの学説の方法的内容的当否の審査を必要とし裁判によりその学説の当否優劣を決定する結果を招来する。斯かることは単に妥当でないのみならず裁判所の審査権限の範囲外に属する」(被告らが準備書面で引用しているのは、乙第37号証論文の筆者が引用する東京地判の判決文の文章である)として請求を棄却したことに触れて、 イ 「不法行為に基づく損害賠償請求の成否を決するための前提問題としてその争点が提示されているという場合には、むしろ、この②の要件にかかわる問題として処理すべきことになるであろう。」と述べている。 ⅱ ここで触れられている東京地判昭和23年11月16日は、掲載されている「行裁月報」が地裁資料室にも存せず、ネット上にも掲載されていないので、その事案・判断の全容を知ることができない。(被告らには、間接的にでも判決の文章を引用する以上、判決全文を提出していただきたいものである。) しかしながら、請求された事項が不法行為に基づく謝罪広告の掲載であったこと、判決の結論が請求棄却であって却下ではないことに徴すれば、乙第37号証判決と同様、請求に争訟性があることを前提として、本案の審理判決がなされたものであることは確実と推定される。かつ、乙第37号証論文の筆者も、当該判決の「請求棄却」の結論自体を非難しているとは見えない。(学位請求の取扱いにかかわる「回答または答弁」が、学説の当否にかかわりなく名誉毀損の不法行為を構成することはありえないことではないから、当然ではある。) 3 以上のとおり、乙第37・38号証によって本件請求に争訟性がないことが裏付けられるとする被告らの主張は、それ自体誤りである。争訟性がないとして被告らが引用した判例がいずれも争訟性を認めていることからも、被告らの主張はすでに破綻している。 なお、被告らには今後、判決等を引用するにあたっては、極力原文により、かつ原文の趣旨に忠実にすることをお勧めしたい。御都合次第に引用していては、引用者の品性もしくは能力を疑われる可能性があるのみならず、よほど本案の審理に入られたくないのかな、という疑念すら抱かれかねないからである。 修復腎移植訴訟 第5回口頭弁論・詳細(1) 2010.5.11(火) ![]() 平成20年(ワ)第979号損害賠償請求事件 原 告 野 村 正 良 外6名 被 告 大 島 伸 一 外4名 更 新 弁 論 2010年5月11日 松山地方裁判所民事第2部 御中 原告ら訴訟代理人 弁護士 林 秀 信 弁護士 岡 林 義 幸 弁護士 薦 田 伸 夫 弁護士 東 隆 司 弁護士 光 成 卓 明 弁護士 山 口 直 樹 第1 修復腎移植の経過とわが国での表面化 2006年10月1日に摘発された愛媛県宇和島市にある宇和島徳洲会病院をまき込んだ腎臓売買事件をきっかけとして、その調査を進めた結果、同病院で万波誠医師を中心とする瀬戸内グループの医師たちによって、11件の非親族間での腎臓提供による移植が実施されていたことが明るみに出て、これらは病気のために摘出された腎臓を用いたため、マスコミによって“病気腎移植”と呼ばれた。 この移植は、「癌患者からの臓器移植を認めない」とする厚労省の死体腎移植ドナー適応基準や「親族間以外での臓器移植は、倫理委員会の承認なくしては原則として認めない」とする日本移植学会の移植倫理規定に反していたため、医療倫理に違反する医療、人体実験的医療などと関係医学会幹部やマスコミから一斉に非難を浴びることになった。 しかし、医療における基準や倫理は絶対的、画一的なものでなく、現場の必要性に応じて柔軟に適用される中で、医療・医学の進歩が実現されていくものである。 1991年に瀬戸内グループの一員である呉共済病院の光畑直喜医師が70歳代の高齢ドナーから摘出した腎動脈瘤のある腎臓を修復して移植し透析患者を救った時、読売新聞はこれを美談として報じ、これに対する異論は出されなかった。 2002年8月高知市で開催された中国四国臨床臓器移植研究会では、本事件で強く非難されたネフローゼ腎の移植の成功例が発表されており、これに対しても、非難するような医師はいなかった。 被告大島は、腎動脈瘤の患者から摘出した腎の非親族間移植を移植ネットワークの責任者として認めていたし、腎臓売買事件が起きる直前の2006年9月26日に秋田大学で行なわれた母子間の癌の疑いのある腎臓の移植について、癌の腎臓の移植は禁忌といいながら被告大島、同高原は問題がないとコメントした。 そして、瀬戸内グループのケースも含めこれらの修復腎移植手術には、すべて病気のための腎臓摘出であることを認めたうえで健康保険が適用されてきた。 これらの本件事件発覚以前の事実経過からすると、修復腎移植が何故、ことさらに医療倫理に反するとして、激しい非難にさらされるべきであったのか理解し難いことである。 しかし、厚労省、関係医学会、主要マスコミはこぞって瀬戸内グループの修復腎移植に激しいバッシングを浴びせたのだった。 そして、修復腎移植否定の既定路線にのっとって2007年3月に学会共同声明が修復腎移植の医学的妥当性を否定し、同年7月厚労省はこれを鵜呑みにして修復腎移植を原則禁止とした。 第2 患者たちの修復腎移植に対する評価 修復腎移植は医師の業績や名声のために行なわれたものではない。その態度は医療記録さえ残そうとしなかったという瀬戸内グループの態度にも示されている。その移植は、ただ透析に苦しんでいる患者に病気のために廃棄される腎臓をリサイクル利用して、患者を救おうとする医療現場での患者と医師の苦肉の策であった。 透析医療は、慢性腎不全患者を救う救命医療だが、その生活の質はよいとはいえない。血液の汚れや体液質の激変という点において根本的欠陥をかかえている。透析を導入すれば、10年間で60%もの患者が死亡している。一方、腎移植を受けた患者の死亡率は20%にすぎない。 しかし、根本医療である腎移植は移植登録希望者12,000人に対し、死体腎移植実施件数は年間200件にも達しない。 現実に移植を受けた患者の平均待機年数は15年にもなる。透析に適応できない患者は、生命を危険にさらして違法な臓器売買の疑いのある海外での移植にさえ活路を求めている。 修復腎移植を受けた患者らは、みな自らの生命が救われ、人並みの生活を取りもどしたことに感謝している。 このように透析に苦しみ、かつ移植への希望の乏しい患者たちにとって、修復腎移植は多少のリスクがあろうとも自らの生命を救ってくれる希望の光なのである。 それゆえに、原告らをはじめとする患者らは、関係学会や厚労省が修復腎移植を否定、禁止した時、これに憤り反対の声をあげたのだった。 第3 明らかになってきていた修復腎移植の好成績 修復腎移植は本来、技術のある医師にとっては、ICが十分になされるならば、ドナー、レシピエント双方にとって問題とされるような不利益はない。 小径腎癌を切除して腎移植を行なう場合においても、前世紀の古い学説である「癌患者からの移植は禁忌」は、新しい画像診断技術や癌についての知見の進歩、免疫抑制剤の開発によって、安全で有効なものであることがわかってきていた。本件訴訟で違法としている被告らの発言等は2006年11月から2008年5月までの間になされたものだが、それ以前に2004年以降、ニコル教授18例(2007年7月では43例)、ブエル教授14例、それに万波医師ら8例、以上合計40例(65例)に、レシピエントに癌の再発・転移が一例もないことが判明していた。これらの成績は移植の機会が乏しく、余命が1、2年とされる透析患者にとっては、十分に現実の医療として妥当性を有するものというべきである。 第4 本件訴訟で問われているもの 本件訴訟は、透析医療では生命も危ぶまれる患者らが、その救命と苦しい生活から免れるための移植を受ける権利を主張して、被告らが行なった、安全性、有効性が認められる修復腎移植を否定するための誤った事実や評価の開陳、社会への流布行為を違法な権利侵害として、損害賠償請求を求めるものである。 そして、この訴訟の背後には、透析で苦しむ移植への希望を求める何万人もの患者の願いがあり、本件訴訟の原告らの訴えは、これを代表して行なわれているという社会的意義をもっている。 当裁判所におかれては、本件訴訟が法的意義のみならず多くの患者に対して、彼らが生きる道を拓く社会的役割を担っていることを認識され、原告ら患者たちの声に耳を傾け、慎重に審理されることを求める。 第5 これまでの公判での争点と到達点 1、今回の第5回口頭弁論において、裁判所の構成に大きな変化があったため、原告らは新しい裁判体に対し、原・被告らの主張を明らかにし、これまでの法廷での議論の争点と到達点を示す。 2、原告らが本件訴訟で求める内容 (1)原告ら7名(うち1名の透析患者は提訴後死亡し、母親が訴訟を承継した)は透析患者あるいは腎移植を受けた慢性腎不全患者らであり、現在あるいは将来、修復腎移植を受ける権利を有している。 (2)一般的にみて、腎移植医療は透析医療よりも、慢性腎不全患者にとって必要かつ有効な医療であって、我国における移植腎の提供数が著しく少なく、その一方で腎移植を待つ多数の透析患者がいること、修復腎移植はこれまで保険適用の下で実際に実施されてきたこと、その安全性は低くはないことなどの事情の下では、修復腎移植においても、医療としてのその必要性及び有効性は十分に認められ、医学的妥当性を有している。 (3)にもかかわらず、日本移植学会の新旧の幹部である被告ら5名は、その移植医療における専門家としての地位を利用し、修復腎移植が医学的妥当性を欠くので許されないとの予断の下で、それぞれが虚偽の事実と評価の開陳を行なった。これらは、いずれも違法な行為にあたる。 (4)被告らが、違法行為を行なうことによって、修復腎移植に対する誤った事実と評価がマスコミ等を通じて広く社会に流布され、また、修復腎移植に関する学会共同声明や厚生労働省の臓器移植法運用指針に否定的評価がなされ、現実の医療として行なうことができなくなった。 (5)そのため、原告らは修復腎移植を受ける権利を侵害され、精神的損害を生じている。 よって、被告らは原告らに対し、不法行為により、その損害を賠償する義務がある という内容の判決である。 3、被告らが答弁した内容 (1)被告らは、答弁書において、その第1の主張として本件訴えは「法律上の争訟」(裁判所法3条)にあたらず、あるいは当事者の資格を欠くので審理に入るまでもなく形式判決により却下されるべきものと主張した。 その具体的理由としては ① 本件訴訟は修復腎移植の可否という高度に医学的な内容の方針そのものの可否を判断対象とするものであり、法律の適用によって解決し得ない。 ② 原告らの主張する修復腎移植を受ける権利は、具体的な権利として認められないので、具体的権利関係の存否を判断するという訴訟の前提を欠く。 ③ 原告らが臓器移植法のガイドライン改正により、修復腎移植を受けることが不可能になり、権利侵害が発生したと主張しているとの解釈を前提として、被告らは権利侵害はガイドラインの変更を行なった国を本来の被告とすべきであり、本件被告らは当事者となりえない。 とする。 4、形式(却下)判決を求める主張に対する原告らの主張 (1)原告らは、被告らの①の主張(高度な医学的内容に関する紛争)に対し、 ⅰ 修復腎移植問題発生からのこの問題に対する被告らの発言・態度を具体的に示し、被告らは高度に医学的問題であるからではなく、予断に基づいて「修復腎移植まず否定ありき」の主張をくり返してきたこと ⅱ 実際に医学的論争がなされた形跡はなく、被告らは自ら執筆した論文や公的な場での発言において、自らに不都合な事実を隠蔽し、争点を回避しており、とうてい高度な医学的内容が問題となっているとはいえないこと(原告ら準備書面(4)第2)。 ⅲ たとえ、本件修復腎移植問題が高度な医学的内容の方針にかかわる紛争であるとしても、そのような判断は、通常の医療過誤訴訟において判断の対象にされており、高度に医学的な内容の方針そのものの可否が判断の対象に含まれることは、法律上の訴訟性を欠くことにはならないこと を反論した(原告ら準備書面(5)3)。 (2)つぎに、被告らの②の主張(具体的権利性を欠く)については、原告らは被告に対する具体的な損害賠償請求権の存否について、裁判所にその判断を求めており、明らかに具体的権利を主張している。 その権利が実体法上認められるか否かは、裁判所が審理を経たうえで判断すべきことであって、形式判決で終結させるものではないことを明らかにした(原告ら準備書面(5)2)。 (3)被告ら③の主張(被告は国とすべきで、本件被告らには当事者適格がない)については、原告らの主張は、被告らの違法な発言や意見を広く社会に流布する行為自体が原告らの修復腎移植を受ける権利を侵害したものとの主張も含むのであって、被告らの当事者としての責任を問うているのであるから当事者適格を欠くものではない。 (4)以上から、被告らが形式判決を求める根拠は、いずれも理由がない。 5、本件訴訟の争点と被告らの的外れの主張 (1)被告らは、答弁書第2の「2 本件訴訟の背景(患者の不利益を隠した病腎移植)」以下の記載において、これまでに行なわれてきた修復腎移植の重大な問題点として万波医師らの行なった修復腎移植(以下、「万波移植」という)の個別症例における手続的問題及び医学的問題をとりあげ、それらについての被告らの意見表明が、被告らの医師としての良心に従ったものであるかのような主張をして、被告らの違法行為を合理化しようとしている。 そして、そのような主張内容をくり返して、万波移植を問題としている(被告ら準備書面(3)第3)。 (2)しかし、本件訴訟は、万波移植そのものの是非を問題とするものではなく、被告らが修復腎移植について表現した、一般的な修復腎移植の事実と評価に関する虚偽の内容を開陳したことの原告患者らに対する責任を問うものである。 従って、被告らの主張する万波移植への個別的問題点に対する非難は本件争点には的外れのものであり、原告らとしては、原則的に争点としないことを明確にした(原告ら準備書面(2))。 6、違法行為に対する議論と到達点 原告らは、本件訴訟に揚げる被告らの違法行為を4つの類型とし、これらの類型ごとに詳細な主張・立証を行なってきた。 以下、類型ごとにこれらをめぐる議論を振り返って、その到達段階を確認する。 (1)第1類型 「移植に使えるほどの腎臓なら摘出する必要がないし、一旦摘出しても患者に戻すべきである」 この発言が修復腎移植について、一般的に言うことが誤りであることは、小径腎癌では医学的に部分切除で本人に残しうる場合でも、現実には、ほとんどが全部摘出されていること、また、全部摘出が医学上も標準治療とされていることを明らかにした。そして、腎動脈瘤や尿管狭窄などの場合には、自家腎移植術によって、患者本人に戻しうるとの被告らの主張については、原告らにおいて、同手術は技術的に困難であって、現実にはほとんど行なわれていないことを立証の予定である。 (2)第2類型 「移植に用いる腎臓に癌は禁忌である」 被告らのこの発言に対しては、その当時の研究成果により、小径腎癌の場合における修復腎移植において、レシピエントへの癌の再発・転移のおそれがほとんどないことが、ニコル教授(豪)、ブエル教授(米)、タイオーリ教授(伊)らの発表によって明らかになってきていたことを示し、被告らの発言当時においても、小径腎癌の場合の修復腎移植が禁忌でなくなっていたことを明らかにした。 (3)第3類型 「瀬戸内グループの修復腎移植の成績が悪い」 被告らのこの発言については、すでに修復腎移植を行なった3病院からカルテ等の記録が取寄せられ、さらに追跡調査がなされつつある。すでに独自の調査で、その成果が悪くないことを明らかにした難波名誉教授、堤教授の研究発表を原告らから書証として提出しているが、さらに原告らはカルテ等の詳細データに基づいて、修復腎移植の良好な成績を明らかにしていく予定である。 (4)第4類型 ―被告田中の米国移植学会総会での万波医師らの修復腎移植の発表を妨害する書簡の送付― 原告らは、学問・表現の自由にかかわる良好な成績の修復腎移植の研究発表を妨害する内容の書簡であることを、それが発せられた経緯や時期、臓器売買に関連があり、あるいは秘密裡に行なわれた医療と印象づける書簡の記載そのものから、十分な違法性が認められることを明らかにした。 7、医学的妥当性について 被告らは、本件訴訟が医学的妥当性という抽象的で高度な医学的問題そのものを争点としており、裁判所の判断すべきことではない、とくり返し主張している。 原告らは、本件訴訟の争点が、被告らの具体的表現行為そのものの違法性であることを明らかにしてきた。修復腎移植の医学的妥当性の問題については、被告らの違法行為の重要な間接事実であるので、医学的妥当性の問題についても主張、立証してきているところである。 その内容は、本件違法行為以外については、以下のとおりである。 (1)腎全摘の方法が、小径腎癌や尿管癌の修復腎移植の場合は血管を後から絞るのでドナーに癌転移の危険を増加させる、との被告の主張について これについては、通常の腎癌治療における腎全摘手術と小径腎癌の部分切除と同様の問題があるが、すでにどちらの場合でも、癌の再発・転移率に差異がないことが複数の一流論文で明らかにされている。 また、尿管癌の場合は、尿管自体が複数の血管系に支配されているため、腎臓の血管のみの結さつを問題にすることが不当であることをしめした。 よって、血管を前に絞ろうが後に絞ろうが、ドナーの癌転移の危険は問題にならないことが示された。 (2)尿管癌の修復腎移植では、腎臓や尿管を全一体として切除しないと、切断した尿管などから癌細胞が漏れ出し危険である、との被告の主張について これについては、世界的な泌尿器科の教科書に明らかに癌の存在する部位を避けるなら尿管を切断してさしつかえない、とされているので、問題がないことを反論した。 (3)腎全摘をすれば、ドナーの生命予後が悪化するので、できるだけ腎癌の部分を切除すべきとの被告の主張について これについては、技術的に部位によっては、自家腎移植が必要になる場合があるが、同手術は難しいため、ほとんど行なわれないことや患者本人が全摘を希望する場合があることを指摘した。 また、生命予後が悪いとする根拠のある論文はなく、むしろこれまでの生体腎移植ドナーの生命予後は悪くないとの経験則がある。 以上 準備書面(6)は下記のとおりです。 準備書面(6) 修復腎移植訴訟 第4回口頭弁論・詳細(2) 2010.1.19(火) 平成20年(ワ)第979号損害賠償請求事件 原 告 野 村 正 良 外6名 被 告 大 島 伸 一 外4名 文書送付嘱託申立書 2010年1月12日 松山地方裁判所 御中 原告ら訴訟代理人 弁護士 林 秀 信 弁護士 岡 林 義 幸 弁護士 薦 田 伸 夫 弁護士 東 隆 司 弁護士 光 成 卓 明 弁護士 山 口 直 樹 頭書事件につき,下記のとおり文書送付嘱託の申立てをする。 記 1 送付嘱託先 〒797-0015 愛媛県西予市宇和町卯之町1-246-1 西予市立宇和病院 〒791-8026 松山市山西町880-2 社会福祉法人恩賜財団済生会松山病院 〒790-0952 松山市朝生田町4-10-25 佐藤循環器科内科 〒797-0015 愛媛県西予市宇和町卯之町5-313-6 おだクリニック 〒798-0003 愛媛県宇和島市住吉町2-6-24 医療法人沖縄徳州会宇和島徳州会病院 〒798-0003 広島県竹原下野町3136 医療法人社団仁慈会安田病院 2 証すべき事実 修復腎移植の生存率・生着率が高い事実 3 文書の表示 別紙記載のとおり 4 送付嘱託の必要性 被告高原は,「市立宇和島病院が集計したデータをカプラン・マイヤー法で統計処理した数値を,同様に解析した移植学会の生体腎・死体腎データと比較すると,生存率・生着率が低い」旨の発言を繰り返している。 修復腎移植の全例について生データをもとに解析すれば,修復腎移植の生存率・生着率が高く,上記高原発言が内容的に虚偽であることを立証できるが,そのためには,修復腎移植後においてレシピエントが同移植実施機関以外の医療機関に転院している場合,その予後が記載された転院先における診療録をも入手する必要がある。 (別紙) 送付を求める文書(西予市立宇和病院) 市立宇和島病院において修復腎移植手術を受けた○○○○(住所,生年月日不明。平成○○年○月○○日以降に同病院から転医)の診療録(但し,看護記録を除く)。 (別紙) 送付を求める文書(済生会松山病院) 市立宇和島病院において修復腎移植手術を受けた○○○○(住所,生年月日不明。平成○○年○月○○日以降に同病院から転医)の診療録(但し,看護記録を除く)。 (別紙) 送付を求める文書(佐藤循環器科内科) 市立宇和島病院において修復腎移植手術を受けた○○○○(住所,生年月日不明。平成○○年○月○○日以降に同病院から転医)の診療録(但し,看護記録を除く)。 (別紙) 送付を求める文書(おだクリニック) 市立宇和島病院において修復腎移植手術を受けた○○○○(住所:○○○○,生年月日:○○○○)の診療録(但し,看護記録を除く)。 (別紙) 送付を求める文書(宇和島徳州会病院) 市立宇和島病院において修復腎移植手術を受けた下記患者らの診療録(但し,看護記録を除く)。 記 1 ○○○○(住所,生年月日 平成○○年○月○○日に市立宇和島病院から転医) 2 ○○○○(住所,生年月日) 3 ○○○○(住所,生年月日) 4 ○○○○(住所,生年月日) 5 ○○○○(住所,生年月日) 6 ○○○○(住所,生年月日) 7 ○○○○(住所,生年月日不明。平成○○年○月○○日以降に市立宇和島病院から転医) (別紙) 送付を求める文書(安田病院) 呉共済病院において修復腎移植手術を受けた○○○○(住所:○○○○,生年月日:○○○○)の診療録(但し,看護記録を除く)。 ![]() 修復腎移植訴訟 第4回口頭弁論 2010.1.19(火) 平成20年(ワ)第979号損害賠償請求事件 原 告 野 村 正 良 外6名 被 告 大 島 伸 一 外4名 調査嘱託申立書 2010年1月12日 松山地方裁判所 民事第2部 合二係 御中 原告ら訴訟代理人 弁護士 林 秀 信 弁護士 岡 林 義 幸 弁護士 薦 田 伸 夫 弁護士 東 隆 司 弁護士 光 成 卓 明 弁護士 山 口 直 樹 頭書事件につき、下記のとおり調査嘱託の申立てをする。 1、調査嘱託先 (1)〒466-8560 愛知県名古屋市昭和区鶴舞町65 名古屋大学医学部附属病院 (TEL 052-741-2111) (2)〒565-0871 大阪府吹田市山田丘2-15 大阪大学医学部附属病院 (TEL 06-6879-5111) (3)〒606-8507 京都府京都市左京区聖護院川原町54 京都大学医学部附属病院 (TEL 075-751-3111) (4)〒162-8666 東京都新宿区河田町8-1 東京女子医科大学病院 (TEL 03-3353-8111) (5)〒143-8540 東京都大田区大森西5-21-16 東邦大学医学部 (TEL 03-3762-4151) 2、証すべき事実 自家腎移植が、被告らの関係する病院でもほとんど行なわれていない事実 3、調査嘱託事項 別紙記載のとおり。 4、調査嘱託の必要性 被告らは、「移植できる腎臓なら、摘出後に修復して患者に戻す手術(自家腎移植)をすべきである」と発言していることに対し(訴状P23,第5の1(1)ア、訴状P27,第5の5(1)ア)、原告らは、自家腎移植はリスクが高く、患者の希望により自家腎移植しないで腎臓を摘出する場合があるので、虚偽の発言であり違法行為に該当すると主張している(訴状P39,第6の3(2))。 そこで、原告らの主張を立証し、ほとんど自家腎移植が行なわれていないことを明らかにするため、先進的医療を行なっていると推察される被告らの所属し、あるいはかつて所属していた病院にその実施数を調査する必要がある。また、その実施割合を知るために、比較対象として、腎全摘術の原因疾患の大半を占め、かつ統計項目として一般的に用いられる腎細胞癌を原因とする腎摘出術症例数も調査する必要がある。 以上 (調査嘱託事項―調査嘱託先(1)~(4)について) 調査嘱託を求める各病院に対し、つぎの事項について回答を求める。 記 1、1999年度から2008年度までの間に実施した各年度別の、腎細胞癌を原因とする腎摘出手術症例数。 2、上記期間において実施した、各年度別の自家腎移植手術症例数。 3、上記2の自家腎移植手術の原因となったそれぞれの傷病名。 (調査嘱託事項―調査嘱託先(5)について) 東邦大学医学部に対し、その附属する3つの医療センター(東邦大学医療センター大橋病院、東邦大学医療センター大森病院、東邦大学医療センター佐倉病院)ごとに、つぎの事項について回答を求める。 記 1、1999年度から2008年度までの間に実施した各年度別の、腎細胞癌を原因とする腎摘出手術症例数。 2、上記期間において実施した、各年度別の自家腎移植手術症例数。 3、上記2の自家腎移植手術の原因となったそれぞれの傷病名。 平成20年(ワ)第979号損害賠償請求事件 原 告 野 村 正 良 外6名 被 告 大 島 伸 一 外4名 調査嘱託申立書 2010年1月18日 松山地方裁判所民事第2部 御中 原告ら訴訟代理人 弁護士 林 秀 信 弁護士 岡 林 義 幸 弁護士 薦 田 伸 夫 弁護士 東 隆 司 弁護士 光 成 卓 明 弁護士 山 口 直 樹 頭書事件につき,下記のとおり調査嘱託の申立てをする。 第1 調査嘱託先 〒113-0034 東京都文京区湯島2-17-15 斉藤ビル5階 日本泌尿器科学会 電話 03-3814-7921 ファックス 03-3814-4117 第2 調査事項 別紙のとおり 第3 立証趣旨 1被告相川は,平成20年3月19日,国会議員で作る「修復腎移植を考える超党派の会」において, 「皆さん,これが問題だと思います。腎臓の癌です,腎臓の癌で大きさが4cm以下で被膜という浸潤のないところの癌はやってもいいのではと議論が出ています。この様な癌は部分切除すればいいんですよ。その患者さんの。それ全部切除するのが当たり前と言っていますが,そんな事はありません。腎機能を温存するという事は第一の問題です。その患者さんの腎機能を守る事が第一の問題です。慢性腎臓病対策で厚生労働省で3年前から行われますけど,これも一環としてどうしても必要。最近の大学では内視鏡でこれやっているんですよ。部分切除。内視鏡の手術でもこの手術行われているんですよ。大学で。だから50歳代以上のロートルの泌尿器科医は知りませんけど40歳代から50歳代の泌尿器科の専門医であれば先ほど高原先生が言った様に部分切除です。全て取るなんて今の普通の泌尿器科の経験のある先生であればやりません。」と発言し,これが違法行為として本件の争点となっている。 2そして,この点について,被告らは,「4cm以下の小径腎癌も…部分切除にとどめ,患者の予後の為に腎機能を残すべき」(答弁書5頁),「今回の病腎移植の提供者となった腎癌患者は全て部分切除で対応可能な患者であり,敢えて腎全摘術を行なうことは患者自身の腎機能を将来的に悪化させ,生命予後も悪化させる不利益がある」(同7頁),「予後に関しては部分切除の方が優位に結果が良いのであり,そのため腎部分切除が標準的治療法となってきているのである」(同16頁)と主張している。 3ところで,甲B29号証は,2008年3月頃,厚生労働省が,国会議員で作る「修復腎移植を考える超党派の会」に提出したものである。 4甲B29号証2項では,日本泌尿器科学会が,2007年の手術について,2008年に行った調査によると,悪性腫瘍手術合計5880件の内,全摘が4848件(82・4%)で,部分切除は1032件(17・6%)に過ぎなかったとされている。 5この調査結果によれば,被告相川の上記「全て取るなんて今の普通の泌尿器科の経験のある先生であればやりません」といった発言,ならびに被告らの「腎部分切除が標準的治療法となってきている」といった主張が完全に事実に反することが明白である。 6そこで,上記調査ならびに調査結果の詳細について日本泌尿器科学会に調査嘱託を行ってこの点をさらに明らかにするとともに,それ以前の全摘割合は過去に遡るほど高くなると見込まれるので,同調査以前の10年間について,同様の調査嘱託を求めるものである。 調査事項 1.厚生労働省作成の別紙「腎摘出術の現状」2記載の貴学会の調査について,いつ,どのような内容について,どのような対象に対して,どのような調査を行い,その結果はどのようなものであったか,関係資料を添付して回答願います 2.上記1の調査は,2007年の手術について,2008年に行った調査のようですが,それ以前の10年間に同様の調査を行っていますか。 3.上記2で行っている場合には,その各調査について,いつ,どのような内容について,どのような対象に対して,どのような調査を行い,その結果はどのようなものであったか,関係資料を添付して回答願います。 ![]() ![]() 修復腎移植訴訟 第3回口頭弁論 2009.10.20(火) 第3回 修復腎移植患者訴訟 平成20年(ワ)第979号損害賠償請求事件 原 告 野 村 正 良 外6名 被 告 大 島 伸 一 外4名 準備書面(4) 2009年10月13日 松山地方裁判所民事第2部 御中 原告ら訴訟代理人 弁護士 林 秀 信 弁護士 岡 林 義 幸 弁護士 薦 田 伸 夫 弁護士 東 隆 司 弁護士 光 成 卓 明 弁護士 山 口 直 樹 第1 本件は修復腎移植の医療の適否を争う目的で争訟性を欠く、との被告らの主張について。 1、被告らは、原告らが本件において高度に専門的な医療の内容の適否を抽象的に争う目的であるから、司法の任務を逸脱し、法律上の争訟性を欠くと主張する。 しかし、本件では以下に述べるように、原告らは、事実を偽って修復腎移植を批判し、患者や社会に対し否定的事実や判断を与えた被告らの表現行為の違法性を問題としているのであって、修復腎移植そのものの妥当性を直接の目的とするものではない。 2、原告らは、本件訴訟において、被告らが修復腎移植の事実と評価を偽った点として、つぎの3つの違法行為該当事実の類型をあげている。 ①移植できる腎臓なら本人に戻すべきである。 ②癌の腎臓の移植は禁忌である。 ③修復腎移植の成績が悪い。 ところで、これらの発言、発表は修復腎移植の必要性、有効性に否定的評価を与えるのみならず、これらの虚偽の事実がそのまま被告らが幹部である日本移植学会を中心とする4学会共同声明に引き継がれ、上記②③の類型は、修復腎移植の医学的妥当性がない、とする重大な根拠とされている(甲B21号証)。 4学会声明は「病腎移植が医学的に妥当か?」として、これを否定する一般的理由として、次の点をあげる。 (1)感染腎や腎動脈瘤では、感染症や破裂の持込のリスクがある。 (2)癌患者からの腎臓を移植腎として用いることは、癌細胞の持ち込みの可能性が否定できない。 (3)生存率・生着率が劣るとのデータもある。 これを見ると(1)については、感染以外のドナーの疾病の場合には一般的に修復腎移植を否定する理由とはならず、また腎動脈瘤が、移植による破裂のリスクの持ち込みがあるとすることは、患者本人の腎動脈瘤の治療においても同じリスクが残るのだから、修復腎移植を否定する理由にはならない。(2)については、癌の臓器の移植は禁止とする、前記違法行為該当事実②の理由であり、(3)については、修復腎移植の成績が悪いとする同③と同じである。 つまり、修復腎移植の医学的妥当性を否定した4学会共同声明は、前記違法行為該当事実のうえに成り立っているものであり、違法行為該当事実が虚偽であることが明らかになれば、たちまち“砂上の楼閣”として崩壊するものである。 原告らが、本件訴訟で明らかにしようとしている被告らの行為の違法性と本件訴訟の意義としての修復腎移植の妥当性とは、表裏の関係にあるにすぎない。 よって、原告らの主張立証目標は、直接には前記違法行為該当事実が虚偽であるという事実問題であるから、何ら修復腎移植の高度の専門的医学的内容の適否などの判断を求めることを目的とするものではなく、被告らの主張は失当である。 第2 修復腎移植問題をめぐる被告らの態度 1、被告らは、本件における争点が高度な医学的内容を問題とするものであると主張するが、事実経過における被告らの対応、態度の変遷をみれば、本件問題は、そもそも“高度な医学的問題”ではないことが明らかになる。 以下、その経過をみていく。 2、まず、修復腎移植発覚直後に被告大島(当時、日本移植学会副理事長)と当時の厚生労働省健康局長外口崇との間で、修復腎移植を禁止するため、学会で調査を行い、行政もこれを支援するという合意がなされている(甲B第22号証)。この時点ですでに、全く医学的論争や検討なくして、修復腎移植を否定する方針が打ち出され、これ以後“まず結論ありき”の方向で、事態が進行していく。 3、それを示す一つの象徴的事実が、宇和島徳洲会病院専門委員会で行なわれた藤田保健衛生大学の堤教授の意見を排除した関係5学会「原則禁止」方針の発表である(甲B第23号証)。 堤教授は、万波誠医師が患者との深い信頼関係に基づいて、患者に寄り添った医療をしていること、小径腎癌は部分切除すべきであるという主張は腎全摘術が主流の現実と違っていること、全摘よりも腎臓を残す術式をまず検討すべきであるという主張もリスクが高くなり、現実的でないこと、ドナーの人権を守りつつ修復腎移植の道を探ることが患者のためになることなどを同専門委員会で力説した。しかし、同教授の主張は、他の関係学会派遣委員らに無視され、5学会の統一方針として修復腎移植を原則禁止とするとの決定がなされた(甲B24,25号証)。 4、また、修復腎移植について、当初「移植に使えるようないい腎臓を、本人に戻さないことがおかしい」といっていた被告大島が、その数日後の06年11月9日には、以前のケースにおいて自ら修復腎移植にゴーサインを出していたことが明らかになった(甲B第26号証)。 そのケースは1991年、藤田保健衛生大学の星長教授が行なった腎動脈瘤患者をドナーとする非親族間腎移植であり、レシピエントは愛知県腎臓バンクを通じて選定されるなど手続的には十分な配慮がされていた。 当時、被告大島は愛知県腎臓バンクセンター長の地位にあり、公的立場で病気の腎臓を移植に使うことを承諾していたのである。 このことが新聞で報じられると、被告大島の従来の態度は一変し、「病気の腎臓を移植に使うことが一律に悪いわけではない」と修復腎移植容認とも窺える態度となった(甲B第27号証)。 被告大島が、彼にとってはこのような希有のケースを忘れるはずはないから、修復腎移植を行なう余地はあることを知りながら、これを秘匿して「移植できるようないい腎臓は戻すべきだ」と主張していたことになる。被告大島のこのような態度は修復腎移植を否定する“まず、結論ありき”の現れであり、医学的問題や医学的見解に基づくものではない。 5、修復腎移植が発覚する1ヵ月位前の06年9月26日に癌の疑いのある腎臓を親族間で移植したケースが、07年5月27日付各紙で報道された。 秋田大学医学部附属病院で行なわれた母の腎臓を子に移植する生体腎移植では、術前の検査でドナーの腎臓に癌のある疑いがあることがわかったが、その危険性を母子に説明して同意を得たうえで移植に踏み切っている。院内の倫理委員会も通していない。腫瘍が良性であると確定されたのは手術後であった。 倫理とは、行為者本人の内心に対する規範であるから、結果的に癌でなかったことは倫理上、合理化できない。 そして、ここでの問題は、生体、死体を問わず、癌の臓器の移植は禁忌であると主張する被告らの移植医療の倫理を逸脱した点にある。これについて被告大島のコメントは、本ケースは万波医師の移植とは異なり、母親が明確に提供する意思を持っていたものだから問題はない、という的外れのものであった。 また、被告高原も、最初から移植目的であり、術前、術中の検査による慎重な検討を加えており、危険はほとんどなかった。通常の治療内容といえる、とコメントしている(甲B第28号証)。 癌の臓器の移植は禁忌である、と万波医師らの修復腎移植を非難しておきながら、大学附属病院で行なわれた癌の疑いのある腎臓の移植については、ドナーが予め提供意思をもっていたとか、危険性が少なかったなどというコメントは、全く理由になっていないし、明らかに矛盾している。 ここでも、万波医師らの修復腎移植に対して、“まず、結論ありき”が明らかである。 6、つぎに、本件修復腎移植問題を被告らは「高度に専門性が高い医学的問題」であると主張し続けるが、そのような専門性の高い問題が、どのように被告らにおいて検討されてきたかをみる。 (1)違法行為該当事実1「移植できる腎臓は本人に残すべきだ」という主張事実は、被告らの独自の仮説にすぎず、その仮説が正しいか否かの実証、検証は全くなされていない。 日本や世界で、これまで病気の腎臓を修復し移植した例がどの位あったか、それはどのような事情でなされたか、また、小径腎癌を部分切除して本人に残すことは、現実に行なわれていることなのか、その数や割合はどうか。全摘が多いとしたら、その理由は何か。これらの現実の医療に対する考察なしには、被告らの仮説は単なる一方的主張にすぎない。 被告らは、前記の現実的問題点の考察を一切せずしてドグマを主張しただけである。これが、「高度な専門的な問題」でも「医学的問題」でもないことは明白である。 (2)違法行為該当事実2「癌の腎臓の移植は絶対禁忌」との主張は、癌の腎臓の修復腎移植はレシピエントに癌の再発・移転のおそれがあるという理由に求められている。 医学の進歩は日進月歩であり、医学研究や医学知識はたえず新しい情報をもとに更新していかなければ医学の進歩はおぼつかない。本件事件が発生した2006年11月当時、少なくとも2004年5月に発表されたニコル教授の小径腎癌移植18例(07年7月には43例)及び2005年2月に発表されたブエル教授の同14例の好成績は明らかになっていた。 被告らは、これらの小径腎癌の修復腎移植の好成績を知りながら、これらを調査、研究しようともせず、今日まで無視し、無関心を装っている。 例えば、被告高原は08年3月19日超党派の会において、「ニコルさんの発表は恐ろしく良い結果ですが、問題はインフォームドコンセントです」(甲B10 P5中段)として、小径腎癌の修復腎移植に癌の再発・転移がないことを等閑視して、手続きの問題でケチをつけている。 さらに、被告高原は、タイオーリらの論文の結論が、臓器移植においてドナーからレシピエントに癌が伝播するリスクは低いとされている(甲C4(訳)3枚目左下)ことを隠し、2例の非黒色腫性皮膚癌が発症したことのみを厚生労働省に研究報告している(乙2 P2右10行目)。 不都合なことを隠してなされた研究発表は、「高度な専門性」を備えていると言うことができるのだろうか。 被告寺岡は、2008年5月19日に行なわれた日本移植学会の記者会見でペン論文やアメリカの統計を紹介し、癌の臓器移植における伝播率を示した後、ニコル博士やイタリアの例は極めて特殊な例と考えている、と述べるだけで、どこが特殊なのかについては触れていない(甲B16 P4下から15行目)。 (3)以上述べたように、被告らは、本件事件は「高度に専門性が高い医学的問題」と主張するが、その実態は、一昔前の古い研究成果や自分たちの仮説にすぎない主張にしがみつき、それと矛盾する現実的主張や相反する研究成果は調査、研究をするどころか隠蔽、無視をするという態度で一貫している。このような態度をとる被告らの医学者としての見識を疑うが、これらからも本件修復腎移植問題が高度な医学的問題でないことは明らかである。 7、以上、事件の経過に沿って、明らかになってきた事実を示して、本件事件が決して高度な医学的問題や論争に関わるものでないことを解明した。 本件の争点は、直接には被告らの不法行為に該当する要件事実の存否そのものにあり、事実関係の争いである。 被告らは、これ以上、自分たちの“権威”をかさにきた「高度な医学的問題」を理由とする事実のごまかしや争点逃れを続けるべきではない。 第3 修復腎移植のドナーへの影響 1、原告らは、訴状、準備書面並びに書証によって修復腎移植がレシピエントに対して必要、有効なことを主張し、これまでかなりの程度明らかにしえたものと考えている。 そこで、ここでは修復腎移植のドナー(修復腎移植では、本来自ら治療を受ける患者であり、本来的なドナーとは異なるが、便宜上このように称する)に対する影響を検討する。 2、被告らは修復腎移植を否定するに至った理由として、万波医師らの修復腎移植がインフォームドコンセントや同意書面、院内手続きなどで不備があり、ドナーの権利が侵害されたことを繰り返し主張している。 過去の手続き的不備は将来への手続き体制の構築や手続き順守により瑕疵なき手続きとなしうるのであるから、過去が誤ったから将来も許されないとすることは論理的でないし、何よりも医学の発展、患者の救済に背を向けることになる。 医師として、患者を救済することが第一の本分であり、被告らがなすべきことは、ドナーの人権侵害が起きないように、手続きの構築に努めることである。このような医師の本分を放棄し、手続き違反をあげつらうことは、論理を欠いた態度といわざるを得ない。 3、被告らは、小径腎癌のケースにおいて腎臓への血管を縛る順序が単に腎臓の全摘治療をする場合と修復腎移植を行なう場合とで違っており、単に全摘治療をする場合は最初に腎臓の血管を縛るのに対し、修復腎移植の場合は腎臓を周囲の組織から剥離した後、摘出直前になって初めて血管を縛るのであるから、剥離操作の時に癌細胞を血流によって移動させるおそれがあるので、血管を後で縛る方法はドナーに不利益であり、許されないものと主張する。 しかし、この被告らの主張は単なる仮説の域を出るものではなく、何ら実証性がない。 現代医療において、いかにもっともらしい仮説を立てようと、証拠に基づかない医学的主張はEBM(Evidence-Based Medicine)の理念に反するものとして、その根拠は乏しいものとされる。 一方、被告らの主張に反し、血管を先に縛ろうが後に縛ろうが、それによる癌の再発・転移率に差はないことを示唆する研究報告がある。 患者に小径腎癌がある場合に、その治療として部分切除手術を行う場合には、腎機能を温存するために修復腎移植のための摘出と同様、腎臓を周りの組織から剥離した後に血管を縛る。従って、部分切除手術の癌の再発・転移率は修復腎移植のドナーにおける癌の再発・転移率を示唆するものになる。 これについて、世界的に有名な病院であるメイヨークリニックとクリーブランドクリニックの二つの報告(甲C第14,15号証)では、小径腎癌に対する全摘手術と部分切除手術とで、癌の再発・転移率に差異はない、と結論されている。 こちらはEBMに基づく結論であり、被告らの仮説を否定するのに十分な根拠である。 よって、被告らの修復腎移植におけるドナーの血管を後から縛る手術方法が癌の再発・転移率を高めるとする主張には根拠がない。 4、被告らは尿管癌の修復腎移植についても腎臓の血管を後から縛った場合や尿管を途中で切断した場合の癌細胞の転移の危険性を主張している。 しかし、被告らの主張する尿管癌の修復腎移植における腎臓の血管を縛る順序は問題とはならない、と考える。 なぜなら、尿管への血流を支配している血管は腎動脈のみではなく、特に中部から下部の尿管は主に腹部大動脈や腸骨動脈など、腎臓以外の血管から血液供給を受けているため、腎臓への血流のみを止めることは重要な意味をもたないからである(甲C第16号証)。 また、癌の存在する尿管をその全長にわたり、腎臓とつながったまま一塊として切除することは必要ではなく、明らかに癌の存在する部位を避ければ尿管を途中で切断し分けて切除することも術式として認められている(甲C第17号証)。甲C第16、17号証は、泌尿器科の世界的教科書とされているキャンベルーウオルシュ ウロロジー(第9版)である。 以上から、尿管癌の場合の修復腎移植においては、腎臓の血管を縛る順序や尿管を切断して切除することを問題とすべきではない。 被告らの主張はいずれも理由がない。 第4 腎全摘術の患者の生命予後に及ぼす影響 被告らは答弁書16ページ6(5)②において「全摘を行うことにより生命予後が悪化することが統計上明らかになっている」と主張している。 ここで、「統計上」とは、何を示しているのか明確でないが、被告ら提出の書証乙第29号証(ヒューストン・トンプソンらの論文)の内容を意味するものと思われる。 この論文の要点は、小径腎癌の治療法において、全体として腎全摘手術を受けた患者と部分切除手術を受けた患者の生命予後の比較では違いが認められないが、65歳未満の患者についてみれば、全摘手術の患者の方が部分切除の患者よりも有意に生命予後が悪いとするものである。 ところで、乙第29号証の1(英原文)はThe Journal of Urologyから全文を引用、提出しているにもかかわらず、同号証の2(訳文)では、同号証の1(原文)P472以下のEDITORIAL COMMENTSを意識的に訳から外し、ここでも自らに不利益な情報を隠している(甲C第18号証)。 上記EDITORIAL COMMENTSでは同誌の編集者らが、この論文の手法及び結論に重大な疑念を提出している。 それを要約すると、 ①論文では、患者の死亡原因が考慮されておらず、生命予後の違いが腎臓の手術方法によるか否かは明らかでない。 ②患者を65歳未満で区別して観察しているが、その区別の意味が不明であり、著者らの意図する結果を恣意的に導くおそれがある。 ③全身状態の悪い患者は、術式の選択にかかわらず、生命予後は悪い。そして、全身状態の悪い患者は、一般的に腎全摘手術を受ける。 論文中の患者におけるECOGパフォーマンス・ステータス(日常生活動作による健康状態評価指標)(甲C第19号証)に着目すると、腎全摘を受けた患者においてかなり悪く、それを補正したところ、術式の違いによる統計学的な生存率の差は消失した。 ④結論として、著者らの腎全摘手術により患者の生存率が低下するとの結果は、決定的なものではなく、一つの仮説にすぎない。 というものである。 医学者どうしの議論であり、その表現は穏かさを保っているが、一言でいえば、証明力のないインチキくさい論文ということである。 そのようなものを裁判で不利な部分を隠してまで証拠として提出する態度は、被告らの学者としての資質さえ疑わせるものである。 以上のとおり、腎全摘術が患者の生命予後を悪化させるとの主張は、根拠がない。 以 上 平成20年(ワ)第979号損害賠償請求事件 原 告 野 村 正 良 外6名 被 告 大 島 伸 一 外4名 証拠説明書(4) 2009年10月13日 松山地方裁判所民事第2部 御中 原告ら訴訟代理人 弁護士 林 秀 信 弁護士 岡 林 義 幸 弁護士 薦 田 伸 夫 弁護士 東 隆 司 弁護士 光 成 卓 明 弁護士 山 口 直 樹 頭書事件につき、下記のとおり甲号証の説明をする。 なお、原告ら提出の平成21年9月11日付証拠説明書(B2)を証拠説明書(3)とし、本書面を同(4)とする。 甲B号証 甲C号証 「準備書面(2)」 移植を望む慢性腎不全患者等が修復腎訴訟をなぜ提起したか・・・ 一つは、学会幹部の発言が、修復腎移植を原則禁止とした厚労省ガイドライン改正に大きく影響を及ぼし、患者の移植を受ける権利を侵害したことに対しての損害賠償を求めること。 もう一つが、この裁判の核心ともいえる修復腎移植の「医学的妥当性」について、法廷の場で明らかにしていきたいからです。 修復腎移植をやってはならない治療、あり得ない医療だとか、がんを修復した腎臓の移植は「禁忌中の禁忌」等の学会幹部の発言があったことに対して、患者原告側は、修復腎移植が医学的に妥当性があることを、訴訟の場で明らかにしたいと主張しているのが準備書面(2)です。 学会幹部は、法廷の場において、今後速やかに、患者原告側の主張に対しての納得できる回答と、今までの発言内容の証拠・根拠を明らかにしていただきたいと思います。 準備書面(2)概要 1、被告らは、瀬戸内グループの修復腎移植がICの欠如等手続的問題を執拗に主張しているが、そのことと修復腎移植そのものの妥当性とは関係がないので、そのことは争点にしない。 2、本件訴訟の争点について回答せよ (争点は) (1)修復腎移植の医学的妥当性 ア)レシピエントについて ① 疾患ごとの医学的適応の有無 ② 修復腎移植の成績とその評価方法 ③ 癌の再発・転移可能性 イ)ドナーについて ① 全摘出の適応性 ② 術式の妥当性 (2)被告らが悪意か過失があったか。 (3)因果関係及び損害 しかし、答弁書には上記争点について答弁していない点があるので、つぎの点を明らかにせよ。 (回答を求める事項) ア①につき 癌以外の修復腎移植についての是非をどう考えるか。 また、手続面が整えば、修復腎移植がみとめられるのか。 ア①につき 瀬戸内グループの市立宇和島病院25例の成績が悪いとするデータと計算方法を明らかにせよ。 イ①につき 患者が全摘を希望する場合、時間的、場所的、経済的、設備的条件により、医学的に腎臓を残すことができても全摘する場合があることを認めないのか。 また、小径腎癌の場合でも、これまで全摘される場合が多かった、という事実について反論せよ。 準備書面(2)全文・・・ ←クリック ![]() 「求釈明申立書」 原告弁護団は、裁判所に対して、以下のとおり「求釈明申立書」を提出しています。 1 被告らが本件訴えの却下を求める理由は、答弁書第2の1項に記載されている各事項であるのか、又はそれ以外に理由が存するのかを、明らかにされたい。 2 本件訴えについて、「法律上の争訟」性がないと主張される根拠を、より詳細に明らかにされたい。 3 被告らの答弁書第2の1項(2)ないし(4)の主張について、 ①それが本件訴えの「法律上の争訟」性にかかる主張であるのか否か、 ②そうである場合には、それらの諸点が「法律上の争訟」性に関する判断基準となりうる理由、を明らかにさたい。 被告らは、これらの点について速やかに釈明すべきです。 ![]() ![]() 全文を読む(PDF)・・・ 「上申書」 ![]() ![]() 「上申書」 1 被告らに対し、答弁書に引用されている次の外国文献について、掲載された雑誌等の現物(表紙、目次、及び添付のeditorial commentを含む)とその翻訳文とを、書証として提出するよう促されたい。 2 被告らに対し、答弁書中の「訴状別紙4の各疾患ごとの成績についての事実誤認」の主張(答弁書第2の2(2②ⅲ)、9P3~30行)の基礎となる資料を、書証として提出するよう促されたい。 全文を読む(PDF)・・・ 被告らの各「違法行為該当事実」の違法性について 別表「違法行為該当事実」 平成20年(ワ)第979号損害賠償請求事件 原 告 野 村 正 良 外6名 被 告 大 島 伸 一 外4名 準備書面(3) 2009年6月30日 松山地方裁判所民事第2部 御中 原告ら訴訟代理人 弁護士 林 秀 信 弁護士 岡 林 義 幸 弁護士 薦 田 伸 夫 弁護士 東 隆 司 弁護士 光 成 卓 明 弁護士 山 口 直 樹 (被告らの各「違法行為該当事実」の違法性について) 1、 被告らは答弁書「第3請求原因に対する個別的認否・反論」の5において訴状「第5被告らの違法行為該当事実」2~6項の各被告の発言ないし発表の内容は認めるが、それらが「真実と異なりもしくは真実を歪曲した不利な事実」には該当しない、と主張して争う姿勢を示している。 そこで原告らは、以下被告らの各違法行為該当事実のなされた場所、状況、全体としての発言・発表内容等により、当該違法行為の違法性を明らかにする。 2、被告大島の発言、発表について (1) 訴状第5記載の2項(1)アの発言は2006年11月3日付の新聞(甲B3)に掲載されたものであり、その前日頃、被告大島がマスコミに日本移植学会副理事長の立場でコメントした。他人に移植できるようないい腎臓なら本人に残すか、戻すべきである、とのコメントは素人受けするものであるが、医学的には誤りであることは、訴状P39、40に詳述した(患者の意思で摘出する場合についてー甲A13、A43、甲C11 小径腎癌のケースでほとんど全摘されていることについてー甲C1,C2)。 (2) 同様に2項(1)イの発言も同年11月5日付の新聞(甲B4、B5)に掲載された。 当時、すでに小さな腎臓の癌を切除して移植してもほとんどのケースで癌が発症しないことが、研究成果として明らかにされていた。具体的にはつぎのとおりである(訴状P37~39)。 ⅰ 2004年5月、第99回米泌尿器科学会で豪のデビッド・ニコル教授が3cm未満の腎細胞癌を切除し、またはその対側の腎臓(2例)を移植した18例(平均追跡期間35ヶ月)について生着率、生存率ともに100%であるとの発表を行った。この学会には日本から約300名近くの参加があり、邦訳されたハイライト集が広く頒布された。 (なお、本件違法行為後ではあるが、2007年7月23日付東京新聞(甲A42)及び同日と翌24日付産経新聞(甲A43、44)によるとニコル教授は同移植例を継続して実施してきており、すでに43例に達し、それらすべてについて、癌の再発・転移がないと報道されている。さらに、2008年1月頃には、同症例が49例に達している(甲A45))。 ⅱ 2005年始め頃には米シンシナティ大学のブエル教授により 14例の小径腎癌を切除した腎臓移植において、レシピエントに癌の再発・転移は認められなかった、と報告されている(甲C3)。 ⅲ また、2007年1月米国ピッツバーグ大学とイタリア国立移植センターの共同研究により、癌のリスクのある108例の臓器移植について転移がなかった、と発表された。また、この研究では、腎移植後に癌を発症した患者から得られた17例の生体サンプルから遺伝子解析を行い、癌がドナー、レシピエントのいずれに由来するかを調べ、不明の1例を除いては、すべてレシピエント由来の癌であったことを証明している(甲C4、C13)。 (さらに、新たに2008年、米メリーランド大学から小径腎癌の移植3例について、いずれも癌の再発、転移がないと発表された(甲C5)) 以上から、被告大島の当該発言当時には、画像診断機器や診断技術、手術手技などの向上発展により、小径腎癌を切除した場合の腎移植については、その有効性が承認されるべき時期にあった、といえる。 しかるに、このような研究成果を無視して、高確率で再発するなどと断定するのは、事実を偽る発言というべきである。 (3) 2項(2)記載の大島論文(甲B6)についてもア、イで「癌は感染症と同じように忌避されている」とし、「癌細胞が移植されると拒絶される、との主張は根拠がない」「癌の臓器そのものを移植することは絶対禁忌」などと述べているが、このような断定的主張は、前述の小腎癌における移植の研究成果を無視するもので事実を偽っている。 3、 被告高原の違法行為について (1) 訴状第5の3(1)における被告高原の発言は、2007年2月28日頃石川県加賀市で開かれた第40回日本臨床腎移植学会で行なわれた講演において述べたものである(甲B7)。 被告高原の引用する米国の研究とは乙第2号証の引用文献[2]イスラエル・ペンのものであるが、その研究は1965~97年の統計に基づき97年に発表された古いものであり、その統計の根拠となった登録制度が自発的になされたものであり、コホートの情報がなく、また、登録の病理組織学的基準がないなど科学的根拠の乏しいものであったことが明らかにされている(甲C7,C8)。同研究の結果として導かれた、癌の腎移植は43%に癌が発症するという結論は、前記ニコル、ブエル教授らの発表とは明らかに統計学的、科学的に矛盾するのであって、古い研究成果にのみ依拠して癌の臓器移植を絶対禁忌と印象づけることは、事実を偽るものである。 (2) 訴状第5の3(2)では、学会共同声明の前日である2007年3月30日に厚生労働省において被告高原が記者会見を行い、市立宇和島病院における修復腎移植25件のみの調査結果を発表し、その成績が悪いとコメントした(甲B8,B9)ことを違法行為としている。 これについては、成績の悪い部分のみをもって悪くはない全体の成績に見せかけるというごまかしを行っており、訴状P41~43に詳述したとおりである(なお、瀬戸内グループによる42全症例についての分析について甲C6)。 (3) 同3(3)ア、イでは、被告高原の2008年3月19日超党派の会(マスコミ公開)での発言と説明資料(パワーポイント)の内容(甲B10,B11)を違法行為としている。 修復腎移植の成績が悪いとした前記のごまかしに基づいて、市立宇和島病院では「半分以上の人が4年で死んでいる」「移植後2年目以降の死亡例が多い」「尿管癌、腎癌は長期間経過後、悪性腫瘍が再発し、死亡することになる」「その場合は過去に病腎を認めた者が罪を問われることになる」などと述べている。これらの発言は、修復腎移植を希望する患者や社会に対し、ごまかした事実と評価により、ことさらにその危険性のみを強調し、修復腎移植を受ける権利を妨害しようとするもので悪質な違法行為である。 4、 訴状第5の4は被告田中が、2007年3月13日付で米国移植外科学会会長メイタスに送った書簡(甲B12)の内容を違法行為とする。 この書簡は次の3点で違法性を帯びる。 第1点は、万波医師の修復腎移植が臓器売買と関係があると意図的に誤信させようとするものであること。答弁書では「書簡では宇和島徳洲会病院に於いて臓器取引の問題が発生したのみで万波医師が関与しているとか、犯罪の嫌疑をかけられていると誤認させる表現はどこにもない」と主張している。しかし、同書簡の「現在問題となっている該病院では、院内での臓器取引の問題が、昨年の秋に最初に発生しました。警察の捜査が行われた結果、一連の勝手な腎移植の問題が明るみに出ました。」(訴状別紙2)との表現は、[臓器取引-警察の捜査-勝手な腎移植(修復腎移植)の発覚]として、意識的に臓器売買と修復腎移植を関連づけようとしている。 本来、医療技術としての修復腎移植と臓器売買とは関係がない。また、本件書簡の出された時期には、宇和島臓器売買事件一審判決(松山地方裁判所宇和島支部 2006年12月26日言渡し、確定)(甲B13)において、当該売買事件に執刀医である万波医師の関与がなかったことは明らかになっていた。 本件書簡の上記部分は、あえて指摘する必要のない臓器売買の問題を関連づけようとの意図の下に表現しており、明らかに修復腎移植に対して臓器売買の嫌疑が存在すると誤信させる違法な内容である。 第2点として「彼(万波)は、これら(修復腎移植)の事実の内容について、日本で開催されたどの学会にも報告していませんでした」として、あたかも修復腎移植が秘密裡に行なわれたような虚偽の記載をしている。 万波医師のネフローゼ腎の修復腎移植例は2002年8月24日に高知市で開かれた第20回中国四国臨床臓器移植研究会で「ドミノ腎移植の経験」と題して発表されており(甲B14)、公開されていた。 第3点は、本件書簡が日本移植学会という日本の移植医療を統括する組織の代表者として、ASTS年次総会の主催者としてのメイタス氏に「(万波)報告は、ASTSの年次総会の論文としては適切でない、と判定されます」との意見を表明して、その発表の中止を「日本移植学会理事長としての要望」としている点である。 これは、単に個人的意見を述べるにとどまらず、その地位を利用し、組織的圧力を加えて、修復腎移植の成果の報告を妨害しようとする違法行為である。 本件書簡による万波医師らの修復腎移植の発表妨害のため、2007年5月に予定されたASTS年次総会での同発表は中止され(甲A19)、よって 国際的に修復腎移植の医学的妥当性を明らかにする機会が奪われ、世間や患者らにこれらの情報が伝わることが妨害されたことは、原告ら慢性腎不全患者が修復腎移植を受ける権利を侵害されたものといえる。 5、 被告寺岡の違法行為について 訴状第5の5(1)ア、イに指摘する違法行為は、被告寺岡が2008年3月19日、超党派の会において、発言ないし発表した内容(甲B10,B15)の抜粋である。 また、5(2)に指摘する違法行為は、2008年5月19日、日本移植学会が行った記者会見での発言である(甲B16)。 これらの違法行為該当事実のうち、「移植に使える腎臓は本人に残す(戻す)べき」(「違法行為1」)及び「移植に用いる腎臓に癌は禁忌」(「違法行為2」)についての各発言の違法性は、訴状P39~43および既に被告大島、同高原について述べたとおりである。 6、 被告相川の違法行為について 訴状第5の6項(1)(2)記載の被告相川の2008年3月19日超党派の会における発言ないし発表は甲B10,B17のとおりである。 ここで被告相川は、小径腎癌に対する治療について、部分切除は内視鏡下においてさえ行われており、部分切除を一般的手術法とすべきであると述べている。 しかし、この主張は、つぎの点で虚偽というべきである。 (1)実際に日本さらに欧米においても、小径腎癌の治療法として、腎全部摘出が7~8割と圧倒的に多い(訴状P40、甲C1,C2,C9、C10―なお、ここで腎癌総数のうち、小径腎癌の割合が問題になるが、甲C2では46%であり、ベテラン泌尿器科医の経験からも約半数と見られている)。 (2)部分切除が可能であっても、患者の病状、年齢、希望や部分切除の手術リスクを考慮すれば、全部摘出が容認される(前記2(1))。 (3)日本、世界の教科書的医学書において、小さな腎癌の標準的手術法として部分切除とともに全部摘出も認められている(甲C11,C12)。 (4)内視鏡下での腎癌部分切除は、安全性が確立されておらず、標準医療とはされていない(甲C12)。むしろ、内視鏡手術の技術的難度の高いことからすれば、内視鏡手術の普及に伴い、複雑な手技を要する部分切除よりも簡単でミスの少ない腎全部摘出が標準治療となると予想される(甲C10)。 以 上 (甲B16) 別紙3 寺岡発言 記者会見発言抜粋一覧表 1 病気を持った患者さんが、その病気に対する治療を受け、治療に関する手術を受けないで、そして移植を優先した。つまり、むしろ移植のドナーとしてだけ腎臓を摘出すると。これが一番大きな問題です。…癌の患者さんに移植をする腎臓を摘出手術を行いますと、その患者さん自身の癌細胞をまき散らして癌が再発するリスクを非常に高めるわけであります。事実、尿管癌で手術をされた患者さんは、非常に生存率が悪い。多くの方が死亡されています。ですから、私としてはまず一番大事なことは、腎臓あるいは尿路系に疾患を持たれた患者さんが、その治療のために受診されたにも関わらず、その治療のための手術ではなくて、移植のための摘出術を受けざるを得なかった。受けざるを得なかったというのか、その手術をされている。したがって、私たちはこれはこの疾患に対する適切な治療法とは、どうしても見なせません。そこに一番の問題があります(違法行為2に該当)。 2 それから、これはタカハラ先生が先ほどお話になりました、近い将来皆さんにお渡しできると思います厚生労働省への研究報告書になりますが、それには世界各国の現時点における悪性腫瘍が現存する場合、あるいは過去に悪性腫瘍があった場合、そういう既往がある場合にどういう取り扱いをするかということが、詳しく引用されております。ぜひお読みいただきたいと思いますが、現在のもっとも標準的、一般的な考え方は、皮膚癌、脳腫瘍以外の場合の癌がある場合は、完治をして5年以上経過した段階で問題ないと思われる段階に、はじめてドナーとしてなりえる。それから、脳腫瘍も何度も手術をしたような場合は別なのですが、それからメラノーマ(悪性黒色腫)を除く低悪性度の皮膚癌、こういったものはまたそれとは別の扱いになります。もう一つだけ申し上げますと、これはそういうふうに-これはアメリカの腎移植の統計ですが-そのように5年以上完治したものをドナーとして提供した場合、それでも残念ながら4.3%の方にドナー由来の悪性腫瘍が発生するという報告がございます。これは新しい最近の報告です。これはちょっと古い報告になりますが、癌が現存する場合、今ある場合、その方から移植した場合にはドナー以外の悪性腫瘍、癌の発症率は43%と言われています。これが一般的な考え方です。ですから、先ほどのニコル博士、それからイタリアの例、これは極めて特殊な例と考えております(違法行為2に該当)。 3 腎癌で摘出した腎臓は、捨てるわけではありません。これは連続切片を作って、それを病理学的に検討するわけです。そして腎癌というのは単発であっても、そのまわりにいくつかの小さな癌がある場合が、かなり多いわけです。そういったものを病理学的に検査をした上で、そのあとにその方が化学療法が必要であるとか、例えばインターフェロンを打つ必要があるとか、そういったことを総合的に。癌の治療というのは集合的治療と言いまして、手術だけではありません。そのあとの治療も必要なわけです。ですから、腎臓で小さな癌、例えば4センチ以下の癌が問題となってきますが、それを本当に摘出、切除するか、あるいは全摘するかというのは大きな議論になりますでしょうが、将来的には部分切除になる、これは文句が無い。しかし、現在では全摘が多いということも事実であります。しかし、それはそこで全摘して腎臓を摘出したからといって、それは捨てる腎臓ではありません。これは、それを十分に病理学的に検索して、それをその患者さんの治療に反映させることが一番のねらいです。ところが、今回の事例では非常に残念ながら、そういった病気の治療を目的に来た患者さんでの、その後の治療、経過観察が全然なされていないものもありまして、私はもともとその病気の治療に関わった方に対して、手術でも適切ではないし、その術後の経過観察、術後のケアに関しましても適切ではないと言わざるを得ないと考えております(違法行為1に該当)。 ![]() 修復腎移植訴訟 第2回口頭弁論 2009.6.30(火) 第2回 修復腎移植患者訴訟 患者原告ら弁護団 本日の法廷で明らかにすることは、つぎのとおりです。 (提出書面(主張内容)) 第1、訴訟承継の書面 5月4日亡くなられた原告長谷川博さんの本件訴訟を、唯一の相続人であるお母様が引継ぐ内容 第2、被告らに釈明を求める書面 被告らは訴の却下を求めているが、学説判例上、正当な理由と思われないので、それがどのような 根拠を有するのか明らかにせよ。 第3、被告らに自ら答弁書(別紙参照)で引用しているつぎの書面の提出を求める書面(上申書) 1、外国文献の原文と翻訳文 2、瀬戸内グループの修復腎移植症例につき事実誤認を主張している根拠となる資料 第4、準備書面(2) 1、被告らは、瀬戸内グループの修復腎移植がICの欠如等手続的問題を執拗に主張しているが、そのことと修復腎移植そのものの妥当性とは関係がないので、そのことは争点にしない。 2、本件訴訟の争点について回答せよ (争点は) (1)修復腎移植の医学的妥当性 ア)レシピエントについて ① 疾患ごとの医学的適応の有無 ② 修復腎移植の成績とその評価方法 ③ 癌の再発・転移可能性 イ)ドナーについて ① 全摘出の適応性 ② 術式の妥当性 (2)被告らが悪意か過失があったか。 (3)因果関係及び損害 しかし、答弁書には上記争点について答弁していない点があるので、つぎの点を明らかにせよ。 (回答を求める事項) ア①につき 癌以外の修復腎移植についての是非をどう考えるか。 また、手続面が整えば、修復腎移植がみとめられるのか。 ア①につき 瀬戸内グループの市立宇和島病院25例の成績が悪いとするデータと計算方法を明ら かにせよ。 イ①につき 患者が全摘を希望する場合、時間的、場所的、経済的、設備的条件により、医学的に 腎臓を残すことができても全摘する場合があることを認めないのか。 また、小径腎癌の場合でも、これまで全摘される場合が多かった、という事実について反論せよ。 第5 準備書面(3) 被告答弁書では「違法行為」の外形的事実を認めながら、その違法性を認めないとするので、原告は証拠を提出して違法性を明らかにした。 (違法性を明らかにした点) 被告ごとに述べているが、争点ごとにまとめる。 1、「他人に移植できるなら、本人に残すべきだ」 (1)患者の意思で摘出を希望することがある。 (2)小径腎癌のケースでも、ほとんど全摘されている。 (3)小径腎癌のケースでも、医学教科書で全摘が認められている。 2、「癌の腎臓の移植は禁忌だ」 (1)小径腎癌のケースは危険でないこと。 ニコル(豪)、ブエル(米)、タイオーリ(米、伊)メリーランド大(米) (2)危険であるとする古い学説(ペン学説)は崩壊していること。 3、「修復腎移植の成績は悪い」 瀬戸内グループの全42症例でみれば、悪くない。 4、瀬戸内グループの修復腎移植の米学会での発表は適当でない、との書簡について (1)本来、臓器売買と医療技術としての修復腎移植は関係がないし、売買事件判決でも関与は認められなかった。意図的な発表妨害である。 (2)修復腎移植は秘密に行われたのではなく、中四国の研究会で、2002年にすでにネフローゼ腎移植症例として発表・公開されていた。 (3)日本移植学会としての組織的圧力を加えた。 (第一回裁判での被告答弁書の内容の骨子) ① 訴の却下(門前払い)判決を求める ・ 高度に専門的学問論争は訴訟になじまない。 ・ 憲法は国が国民に保障しており、患者が医師(個人対個人)を訴える根拠となりえない。 ・ 修復腎移植を禁止したのは厚労省であって、学会ではないから、訴える相手が違う。 ② 本件訴訟の背景 ・被告らは、 瀬戸内グループの修復腎移植に対して「医師としての良心による意思表明」としての発言をした。 ・ 主として瀬戸内グループの修復腎移植例をあげて、その手続面、内容面を批判(従来の主張のくり返し)している。 ③ 本件違法行為事実について 行為の外形はいずれも認めるが、その内容が虚偽である、とは認めない。 日本移植学会の訴訟費用負担問題 修復腎移植訴訟の被告である日本移植学会幹部5人が、訴訟費用を学会で負担するよう要請していることに対して、「移植への理解を求める会」と原告団から、日本移植学会評議員あてに、4月24日付けで下記の要望書を送りました。 この要望書の送付は、弁護団全員一致による判断です。 平成21年4月24日 日本移植学会評議員 各位 修復腎移植の損害賠償訴訟について (お 願 い) 移植への理解を求める会代表 向田 陽二 修復腎移植訴訟原告団長団長 野村 正良 拝啓 日ごろ、移植医療の発展に多大のご尽力をされていることに、心から敬意と感謝の念を表します。 さて、修復腎移植の推進(再開)を願って活動を進めている私たちの会は、会員有志による患者原告団を組織し、昨年12月22日、貴学会に所属する寺岡慧、高原史郎、相川厚,田中紘一、大島伸一各氏を相手取り、松山地裁に提訴いたしました。 移植医療を率先して進めるべきこれら5人の方々は、極めて深刻なドナー不足の中で、腎不全に苦しむ多くの患者を救う可能性のある修復腎移植を、新聞、テレビ、雑誌のインタビュー、あるいは超党派国会議員の勉強会などの席で、十分な調査もしないまま虚偽の発言や報告によって全面的に否定し、厚生労働省による原則禁止の方針を導きました。 このため、ドナー不足解消の切り札として海外でも絶賛されている修復腎移植が、国内では実施できなくなり、多くの患者さんが見殺しにされる事態となっています。 また、修復腎移植に関する海外での論文発表を、貴学会の名を借りて妨害するなど、私たちの希望を踏みにじるような行為もしています。 そもそも、修復腎移植について貴学会が統一見解を発表した過程にも、納得のいかないものを感じています。私たちは、貴学会のごく一部の方々が、独断と偏見によって修復腎移植の妥当性(安全性と有効性)を否定する見解を発表し、その結果、患者の治療を受ける権利と生存権を侵害するようになったと考えています。 この訴訟は、貴学会に対する訴訟ではなく、あくまでも5人の方々を対象にしたものです。これらの方々の個々の言動が、修復腎移植に対する事実を歪曲し、患者の憲法13条、25条に基づく「治療を受ける権利」を侵害している、として個人に損害賠償を求めています。 ところが、5人の方々は次の通り、事実を歪曲して皆さまに伝え、この訴訟が「学会の行為についての訴訟」だと説明しています。 (1)被告となっている5名の方々は、その行為が「学会の活動として行った行為」であり、「学会には法人格がないので学会に対する訴訟は、理事長など個人を対象にしたものとなる、と述べています。これはまったく誤りです。学会に「法人格」はなくても、これ自体訴える、または訴えられることができます。しかるに、今回の訴訟は、学会に対してではなく、あくまで個々の言動を行った幹部個人に対するものです。 (2)被告となっている5人の方々は、裁判で私たちが、「学会声明により生存権が脅かされた」と主張していると述べています。これもまったくの誤りです。私たちは「学会声明」が違法であるとの主張はしていません。これとは別の事実を歪曲した各個人の言動に違法性があるとの主張を行っています。また、私たちが侵害されたと主張しているのは、「生存権」だけではなく、憲法13条に基づく「患者が治療を選択する権利」を主に主張しています。 (3)さらに「理事または元理事として5人個人を被告としている」と述べていますが、これもまったくの誤りです。私たちは5人の方々が「理事だから」「元理事だから」被告にしたのではありません。あくまでも事実を歪めた言動をした5人の方々個人です。 以上、事実を曲げて、個人の言動についての責任を、学会全体の責任にすり替えようとしています。個人の利害の問題を、学会所属の医師全員にまで及ぼそうとするのは、アンフェアで、傲慢に思えます。 このようなことが許されては、学会の私物化にもなりかねません。移植医療を担うべき学会のために、憂慮に堪えません。 被告となっている5人の方々は、訴訟費用を学会で負担するとの理事会決定と各評議員の方々に対する事後承諾のアンケートを実施していると、聞き及んでいます。 評議員の皆さまには、こうした経緯をご理解いただいたうえ、一人でも多くの患者を救うために、慎重なご判断をいただきますよう、切にお願い申し上げます。 敬具 ![]() 原告団に名を連ねようとしていた下西由美さん=当時(48)=と伯母の多田みどりさん(85) 最後に、訴訟を前に願いかなわず昨年11月にお亡くなりになられた、広島県呉市の下西由美さんについてお知らせします。 修復腎移植訴訟の原告団に名を連ねようとしていた下西由美さんは、お父さんの腎臓提供で移植を受け、8年間元気に過ごしていましたが、3年前から透析を始め、体調が徐々に悪化していました。 呉共済病院の光畑直喜医師のところで移植を待機していましたが、おととし7月に厚労省が修復腎移植禁止の方針を出したため、その願いもかなわず、まことに残念ながら昨年11月下旬に亡くなられました。48歳でした。 生前の下西さんの陳述書には、こう書かれています。 「私たち患者は、一日も早く病気腎移植を願っています。だれからも、もらう当てはなく、このままでは死ぬのを待って毎日、透析を受けなければなりません。一筋の光が差すよう、厚生労働省、移植学会の方に切にお願いします。 私自身も日本臓器移植ネットワークに、移植の希望登録をしていますが、現状では、死ぬまで移植のチャンスは回ってきません。修復腎移植に対して、新しい芽を摘み取ることなく、これから先、私たち患者の希望を捨てさせないようにお願いします。患者の目線に立った医療を考えていただきたいです」 という内容です。 下西さんは、お父さんから腎臓の提供を受けた後、お父さんに「臓器提供意思表示カード」を渡していました。そして亡くなられた後、下西さんの角膜は無事に第三者に提供されたのです。 実家には感謝状が届いています。 元患者、死に際し角膜提供 病腎移植訴訟、家族ら明かす 産経新聞 平成21年4月22日(水)付け 病腎移植を厚生労働省と日本移植学会が原則禁止としたため治療を受ける権利を侵害されたなどとして、患者らが学会幹部らに対し起こした損害賠償請求訴訟の第1回口頭弁論が21日、松山地裁で行われる。その原告団に名を連ねようとしていた広島県呉市の下西由美さん=当時(48)=が昨年、亡くなった。下西さんは生前、「移植を待つ患者の気持ちはよくわかる」と、臓器提供を決意し、角膜を提供していた。 下西さんは平成6年12月ごろに腎臓の難病「慢性糸球体腎炎」を発症、9年8月、父、淳也さん(81)から腎臓提供を受けた。その後、広島市内で働いていたが、手術から8年が過ぎ腎機能が低下。17年10月人工透析をはじめた。悪化は進み昨年春から歩行も困難になった。伯母の多田みどりさん(85)は、「階段を一段上がるのも辛そうだった」と振り返る。 残された道は再移植だが、脳死腎移植などの腎臓提供は、移植を希望する患者に対して極めて少なく、臓器提供者が現れるのは絶望的。下西さんはすがる思いで、当時可能だった病腎移植に賭けた。 ところが、一連の病腎移植問題で、この道も事実上、閉ざされた。それでも、わずかな可能性にかけ、原告団に名を連ねる決心を固めた。「病気の腎臓をもらってまで生きたいの?」。周囲の言葉に思わず涙がこみ上げたこともあった。「3年でも5年でもいいから生きたい」と願ったが、思いは届かないまま、昨年11月、亡くなった。 下西さんは、淳也さんから腎臓の提供を受けた後、淳也さんに臓器提供意思表示カード(ドナーカード)を渡していた。「いざというとき移植を待つ人たちの力になろう」と話していたという。死後、下西さんの角膜は無事に第三者に提供され、実家には感謝状が届いている。多田さんは「同じ思いをしている患者もいる。病腎移植に、わずかでも希望があるなら認めてもらいたい」と話した。 ![]() <原告意見陳述> 法廷で陳述された3人の原告の方々の陳述書をご紹介します。 陳 述 書 香川県丸亀市 長谷川 博 1, 私は原疾患が糖尿病で、腎症も併発し透析導入になりました。透析に何の疑問も持たず通院していましたが、3年前に透析の影響による脳幹出血を起こし,数日間意識不明でした。脳障害と言語障害は辛うじて免れました。しかし,慢性動脈閉鎖症で右手麻痺、右足切断を余儀なくされ、職も失いました。自暴自棄になりかけましたが、母をはじめ友人たちの励ましで、移植と社会復帰を切実に考えるようになりました。 2, 原疾患が糖尿病というだけで、いわれのない差別を受けたこともたびたびありました。「自己管理ができない」と、医者から罵倒されたこともあります。マスコミ等の報道もあり、糖尿病は自己責任という風潮があり、病気の本質など理解する人はなかなかいませんでした。 腎臓病を患い透析を導入してからも、「自己責任」と言われ続け、心身ともに疲れきっていきました。脳出血で倒れた時も、「悪いのは自分なのだ」と自らを責め続けました。 3, そんな中、中学、高校、大学の多くの仲間が後押ししてくれ、中国での移植に踏み切りました。海外での移植に眉をひそめる人々がいることも知っていましたが「健康になりたい」という一念でした。 中国の病院に着いて最初に言われたことは、「まず体力をつけてください。きっとあなたに合う腎臓があります」でした。透析自体は日本ほど厳しくはなく、しっかり食べて、しっかり透析をすることでした。 しかし、滞在3カ月目にやっと受けた腎移植は不運にも適合せず、無念の帰国となりました。ドクターは「リ・チャレンジ」と励ましてくれましたが、二度とチャンスのないことは知っていました。 帰国して、私はつらい血液透析より腹膜透析に活路を求めたのです。修復腎移植のことを知ったのはそんな時です。そんな方法があるのなら自分も受けたいと思いました。しかし、マスメディアはバッシングの報道ばかりで、患者の視点や家族の視点から肯定的に論じる識者は少数でした。 学会というグループとその意を受けた、何も知らないマスコミの大合唱です。医学は進歩するものではないのですか? 今回の厚生労働省の「ガイドライン」は確かな理論がないと「病気が治っても認めない」と言っているように感じます。 4, 患者にとって理論的な整合性より、治すことができるかどうかの方に関心があります。したがって修復腎移植の臨床研究が現実のものとなり、その妥当性が検証されようとしていることはありがたいことです。膨大な医療費をかけて我々は生かし続けてもらっています。少しでも元気になり、社会の役に立ち、国に対しても国民の皆さんにも恩返しがしたいと思います。たとえこんな体でも教壇に立ち、生きていくことの意味を後世に伝えることが、私たちの使命だと思っています。どうか私たちにも活躍できる下地を作ってください。 5, 私は障害者ですが、ぜひ社会復帰したいと願っています。そのために移植を受けたいのです。これは贅沢な望みなのでしょうか。人として生きたいと思うのは欲張りなのでしょうか。幸いなことに、私のまわりにいる透析医、移植医の先生方とは、これからどのような透析をして、または移植をして社会復帰をするためにはどうすればよいか、真剣に話をしてくれます。 ところが、ある病院では「透析時間はうちの病院のやり方でします。おとなしくしていれば、あと数年は生きられます」と言われました。それでなくても透析患者は税金の無駄遣いと言われ、肩身のせまい思いをしているのです。 私は今も脳幹出血の深刻な持病を抱えた状態です。本来なら水分をたっぷり取り、脳出血しないように気をつけなければいけない患者です。しかしながら、透析患者は大変な水分制限を求められるので、それが十分にできません。食事も制限を求められる生活を強いられます。健常な人にはわからないでしょうが、私はよく生きるために移植を受けたいのです。 修復腎移植が禁止されたままだと、私たちの生きる望みは絶たれてしまいます。私は昨年9月に再び脳出血の疑いで緊急入院しました。一刻も早く移植を受け、命を延ばしたいのです。できればもう一度輝いた人生を取り戻したいのです。今、日本では修復腎移植について、我々からみると茶番のようなふざけた議論がされています。私たちの命よりもっと大切なものがあるのですか。それはなんですか。 6, 学会は厚生労働省の通達を無視するかのように改めて禁止の決議をしました。医療に 携わる方、特に医師の方々は、普通の人ができない特別な行為をすることができます。 それは医師になる方の知見、人格を信頼して許されていると思っています。その信頼し ている医師の一部の方々が、私たちに理解のできない説明で、修復腎移植を否定されて います。大変不思議で悲しいことです。どうか我々の生きる希望を踏みにじらないでく ださい。 陳 述 書 岐阜県高山市 花岡 淳吾 私は3年前に糖尿病が悪化し、透析を導入しました。その1カ月後、やっと腕のシャントが使えるようになり、ひと息つくことができました。そこで、かねてから移植希望登録をしておきたかったので、クリニックの医師にその旨を伝えたところ、「その必要はないし、絶対にさせない」と言われました。その医師は「50歳を過ぎた者は移植をする必要はない」という考えの持ち主でした。 そのときは、移植を希望しても、15年、20年たっても順番は回って来ないという話を聞いていたので、そのまま、引き下がりました。 妻が腎臓の提供を申し出てくれましたが、2回も筋腫の手術をしていて病弱なので、とてももらう気にはなれません。86歳の父も「俺のをやるから使え」と言ってくれますが、高齢の父からもらう気はありません。 透析の患者会から「会に入ってもらわないと困る」と言われましたので、入会し、自動的に全国の患者会である全腎協にも入会しました。患者会の役員は皆、透析20年以上の人たちでした。クリニックの医師と一心同体で、「透析20年以上の者が移植など希望せずに、まじめに透析に励んでいるのだから、透析2,3年の者が変な気を起こすな」と医師と一緒になって言います。修復腎移植については、全腎協も会報に反対の声明を出していました。 透析を始めて1年目の中ごろ、20年以上透析をしていた高校の同級生が亡くなりました。2年目には、透析13年目の中学の同級生が亡くなりました。2人とも同じクリニックに通っていました。中学の同級生の告別式の帰りに、移植への理解を求める会の事務局に電話して、この会が主催する講演会で万波先生方のお話を聴き、入会しました。 講演会で修復腎移植の実情を知って、暗闇の中で希望の光を見ることができたと思いました。日本移植学会の幹部から、いわれのない非難を受け、国からも処分の方針を出されながら、患者のために一生懸命、医療活動を続けている万波先生らを、私は心から尊敬しています。 私の透析生活の様子をお話すると、透析の日は、一日寝たきりです。翌日の朝まで寝て、ようやく歩ける状態です。血液が酸性になっているためか、吐き気やおう吐の症状が日常化しています。 透析をした日は、みな翌日の朝まで苦しいようです。それは、1年のうち半分は寝たきり状態になっているということを意味します。 また20年以上の長期透析者の多くは、若いときから独身で、月6万5千円(の年金?)で生活しています。長期透析者は、人生に必要な多くのものを犠牲にして、生活をしている者が多いのです。 透析医や長期透析者は「透析で十分長く生きられる」と言いますが、透析医学会が発表したデータでは、透析者の5年生存率は60%、10年生存率は40%です。20年以上生存している人も少なくありませんが、多くの人はデータが示す通り、長くは生きられません。 長期透析者の中には透析医と一緒になって、「腎がんの修復腎移植という恐ろしい医療を支持し、運動している」とヒステリックに叫んでいる人たちがいます。現実には、修復した腎がんの移植で、がんが再発した例はないという事実を、彼らはどうしても認めようとせず、目をそむけるだけです。 日本では透析医が透析患者会の長期透析者を抱えこみ、一方で移植学会が移植者の全国組織と一体となって、修復腎移植の医学的妥当性を探る努力を放棄し、故意に事実を歪めて非難しているという構図が、私たちには見えてきます。 「患者は素人だから、移植医やと透析医の言うとおりにして、修復腎移植より家族からの腎臓提供による移植をした方がよい」という意見があります。しかし、家族からの提供は人道的に問題があり、実際に提供が困難な状況があるからこそ、修復腎移植が「第三の道」として、世界的に注目されているのです。 修復腎移植に対して、異論があるなら、きちんと検証し、その根拠を示すべきではないでしょうか。その有効性、安全性が証明されるのを恐れ、十分な検証をせず、感情的になって、ただ非難するだけでは、私たちは、到底納得できません。 陳 述 書 松山市 野村 正良 原告団長の野村です。よろしくお願いいたします。 ただいま陳述した長谷川さんや花岡さんのように、透析生活をされている患者さんの多くは、移植を受けて元気になりたい、充実した人生を送りたいと望んでおられますが、国内では極めてドナーが少ないため、ほとんどそのチャンスがないのが現状です。 そうしたなかで、私は幸運にも、万波誠先生のおかげで修復腎移植、いわゆる病気腎移植を受け、命を助けられた一人です。 私は修復腎移植を含め、これまでに3度移植を受けています。いずれも万波先生の執刀により、先生の前の勤務先、市立宇和島病院で手術を受けました。 最初の移植は20年前、40歳のときです。亡くなった方の腎臓提供による移植、献腎移植を受けました。おかげで2年7カ月の透析生活から解放されました。以来、12年近く健康的な生活を送っていましたが、8年前、51歳のときに、腎炎の再発で機能が低下しました。そこで、やむを得ず、家内の腎臓提供により、2度目の移植を受けました。しかし拒絶反応が起き、1週間後に取り出す羽目になりました。 再び透析に戻ることを覚悟していたところ、万波先生から修復腎移植の話があり、その3週間後に3度目の移植を受けることができました。 万波先生の説明では、ネフローゼの患者さんから摘出した腎臓を移植するということで「たんぱくがぼろぼろ出ていて、成功率は五分五分。ダメもとでやってみないか」ということでした。私は「そんな方法があるのか」と驚きましたが、「この先、待っているのは苦しい透析生活だけ。2年でも3年でも腎臓が機能してくれれば、その間だけでも透析をせず、元気でいられる。もしも5年、10年と持てばラッキー」と思い、即座に「お願いします」と返事をしました。 術後の経過は順調で、当初は尿にたんぱくが少し出ていましたが、2、3カ月すると、ピタリと止まりました。それ以来、たんぱくはずっと出ていません。ネフローゼの症状は大量のたんぱくが出るのが特徴ですが、驚いたことに、私の体の中では、ネフローゼ腎がきれいに修復されて、正常に機能してます。 ネフローゼ腎の移植を受けてから、この8月で丸9年になりますが、腎臓の機能は今もまったく正常です。おかげで、私は元気そのものです。 献腎移植と修復腎移植によって、私は40歳のときから現在まで通算20年間、健康な人と変わらない生活を送ってこられました。この3月には、元気で定年退職を迎えることもできました。 それだけに、修復腎移植を含めた移植医療のすばらしさを、身をもって感じています。腎臓を提供していただいた方、そして万波先生をはじめ、スタッフの皆さんには、2度も命を助けていただき、言葉に表せないほど感謝しています。 こうした私自身の体験から、一人でも多くの方が、移植を受けて元気になってほしい。そのためにも大きな可能性のある修復腎移植を、一日も早く実施できるようにしてほしいと強く願っています。 私だけでなく、万波先生らの手で修復腎移植を受けた人たちは、皆さん、病気の再発もなく元気になり、先生やグループの先生方に大変感謝しています。 一方、万波先生らがまとめた修復腎移植の論文は、昨年1月、全米移植外科学会で入賞し、先生らが表彰式に招待されて論文を発表するという栄誉を受けました。そして修復腎移植は「ドナー不足を解消するすばらしい医療である」と絶賛されています。 また、オーストラリア国内の病院では、デビッド・ニコルという先生が、万波先生らとほぼ同時期から、がんの修復腎移植を日常的医療として進めており、大きな成果を上げています。現在までに60例以上が実施され、万波先生らの修復腎移植42例と同様に、病気の再発は一例も確認されていません。さらに、アメリカの大学でも修復腎移植の取り組みが始まっています。 こうした現実があるにもかかわらず、日本移植学会の幹部の方々は、修復腎移植を「現時点では医学的妥当性がない」として、全面的に否定してきました。私たちには、まったく不可解で、到底納得できません。 多くの患者さんが移植を待ち望んでいることを考えても、「検討に値する」と言うのが常識ではないでしょうか。移植医療を率先して進めるべき方々が、まるで「移植を進めるのは反対」と声を上げているようで、私たち患者にとっては、信じられない思いです。 今、透析患者さんは全国に28万人もいます。しかも毎年3万人が新たに透析を導入し、2万人が亡くなっており、その結果、毎年1万人ずつ患者さんが増えています。そのうちの多くの方々は移植を望みながら、それがかなわず、日々亡くなられています。 ここに遺影がありますが、このお二人もそうです。私たちの原告団に参加していた9人のうちのお二人で、修復腎移植を望みながら、この裁判を前にして、相次いで亡くなられました。 女性は、広島県呉市の下西由美さん(亨年48歳)、男性は兵庫県加古川市の有末佳久さん(亨年50歳)です。お二人とも透析をされていて、体力がずいぶん弱ってきておられたので、心配していたところでした。 下西さんは、お父さんの腎臓提供で移植を受け、8年間元気に過ごしていましたが、3年前から透析を始め、体調が徐々に悪化していました。万波先生のグループのお一人である、呉共済病院の光畑直喜先生のところで、修復腎移植を待っていましたが、一昨年7月、厚労省がガイドラインで禁止の方針を出したため、願いがかなわず、昨年11月下旬に亡くなられました。 下西さんの陳述書には、こう書かれています。 「私たち患者は、一日も早く病気腎移植を願っています。だれからも、もらう当てはなく、このままでは死ぬのを待って毎日、透析を受けなければなりません。一筋の光が差すよう、厚生労働省、移植学会の方に切にお願いします。 私自身も日本臓器移植ネットワークに、移植の希望登録をしていますが、現状では、死ぬまで移植のチャンスは回ってきません。修復腎移植に対して、新しい芽を摘み取ることなく、これから先、私たち患者の希望を捨てさせないようにお願いします。患者の目線に立った医療を考えていただきたいです」という内容です。 一方、有末さんは、自宅で音楽教室を主宰する傍ら、ジャズピアニストとして幅広い活動をしていました。糖尿病性腎症で5年前に透析を導入しましたが、最期のころは、小指が曲がらず、目がほとんど見えないような状態で演奏活動を続けていました。そのなかで、移植を望む透析患者さんのために、修復腎移植の容認を訴えていましたが、昨年12月初めに亡くなられました。 生前、新聞のインタビューに、有末さんはこう答えています。 「私は、宇和島徳洲会病院の万波先生の修復腎移植には全面的に賛成ですし、後世に残すべき技術やとも思うてます。それを厚労省や学会は禁止やと言うてるわけですが、なんでそうなるのかが理解できません。余命何年とかの数字も分からず、いつ死んでもおかしくない中で透析に追われとるのが私たちです。透析の苦しみや束縛から解放されるなら、がんだった腎臓でも移植してもろたほうが何倍もうれしい。患者の声をたくさん聞いて手術に踏み切った万波先生は、患者の声をひとつも聞かない厚労省より正しくて当然です」ということです。 修復腎移植が早い時点で認められていたら、お二人とも助かっていたかもしれません。そう思うと、本当に胸が痛みます。お二人の遺志を生かすためにも、修復腎移植が日常的医療として実施されるまで、私たちは声を上げていくつもりです。 それにつけても、学会幹部の方々が、虚偽発言などによって修復腎移植を否定し、厚労省の禁止方針を導いた責任は重大です。修復腎移植の有効性、安全性が明らかになってきているのに、それらの事実や私たち患者の声に一切、目や耳を向けようとせず、いまだにかたくなに、修復腎移植を全面否定していることは、絶対に許せません。 結果的に、私たち患者を見殺しにしていることを、どうお考えなのでしょうか。移植医として、移植を進め、一人でも多くの患者さんを救おうという思いは、持ち合わせておられないのでしょうか。 修復腎移植のメリットは、たくさんあります。献腎による死体腎移植と比べて生着率に遜色がないこと。親族間の生体腎移植のように、健康な体に傷つけることもなく、あげたくないのにあげないといけないとか、もらうのはしのびないといった葛藤もないこと。手術が万一失敗しても気が楽であること-などが挙げられます。私も、家内からもらった腎臓が駄目になったときは、本当にショックでした。そのような思いは二度としたくないものです。 また、修復腎は、「病気腎」と表現されてきたために「痛んだ不良品」のように思われがちですが、生体腎ですから、献腎や脳死腎に比べると傷んでおらず、しかも、きれいに修復されていますから、限りなく健康な腎臓に近いわけです。むしろ、献腎や脳死腎の方が傷んでいるケースが多いということです。 さらに、今まで捨てられていた腎臓1個で、1人の命が救えるわけですから、あげる人にも、もらう人にも喜ばれます。 推計によると、国内で捨てられている腎臓は、年間1万個以上あり、そのうち2000個前後が移植に使えるとされています。国内での献腎は、現在年間200例に満たない状況ですから、修復腎移植が実施されるようになれば、移植を受けるチャンスは、一挙に10倍以上になる計算です。 移植を望む透析患者さんにとっては、宝の山と言ってもいいほどで、大きな希望の灯です。また、移植者にとっても、移植した腎臓は半永久的に持つものではありません。再び移植を必要とするときが必ず来るわけですから、その意味で、修復腎移植に寄せる思いは同じです。 現に、原告の田中さんは8年余りで、二宮さんは2年余りで移植腎が駄目になっています。また向田さんは8年目に移植腎の機能がやや低下し、先行きに不安を抱いています。 こうした現実を、十分認識していただき、学会幹部の方々は、修復腎移植に対する偏見と誤解に満ちた考えを、ぜひ改めていただきたいと思います。 最後に、学会幹部の方々のこれまでの言動からは、万波先生らの移植医療のやり方が悪いということを理由にして、何が何でも修復腎移植にふたをしてしまおうという意図が、私たちにはうかがえます。しかし、移植のやり方の問題と、修復腎移植の可能性の問題はまったく別の問題であり、そのことは理由にはならないはずです。 もし、万波先生らのやり方に問題があるのなら、それを改善し、第三者機関でしっかりチェックすればよいことです。ぜひ、修復腎移植そのものを正当に評価していただきたいと思います。 学会幹部の方々は、これまで移植医療の発展のために日夜、医療の最前線で努力をされてきたはずです。どんな思惑があろうとも、姑息な手段で患者いじめをしないでください。もう一度、移植医療の原点に返って、患者のための医療を第一に、修復腎移植に対する考えを改めていただくよう強く要望します。
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本物の医師になれる人 第8回口頭弁論詳細 23.2.19日本移植学会の本末転倒 23.1.25 臨床研究演題却下問題 第7回口頭弁論詳細 第6回口頭弁論詳細 第5回口頭弁論詳細(2) 第5回口頭弁論詳細(1) 第4回口頭弁論詳細(2) 第4回口頭弁論詳細(1) 第3回口頭弁論詳細(1) 第2回口頭弁論詳細(4) 第2回口頭弁論詳細(3) 第2回口頭弁論詳細(2) 第2回口頭弁論詳細(1) 第1回口頭弁論詳細(4) 第1回口頭弁論詳細(3) 第1回口頭弁論詳細(2) 第1回口頭弁論詳細(1) 林弁護士インタビュー 訴状詳細 訴状要約 レポートご案内 最新のコメント
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